べすとぷれいす | 小説 BEST PLACE | FILE004:超軍用犬アルファ

FILE004:超軍用犬アルファ
[SUPER ARMY DOG]
「さぁ、ナリサノフ博士に会いに行こうか。」
コーディはルーシーの方を振り返る事無く、眼前に伸びる白色一色の廊下を一歩また一歩 ……ゆっくりと踏み出していく。廊下に面した実験室の窓。その奥で、遺伝子合成シミュレーション用の最新鋭スーパー・コンピューター数台が静かに計算を続けている。
1997年2月、イギリスで人類初のクローン羊『ドリー』が生み出された際、たった1匹の成功事例を手にする陰で250個以上もの失敗作があったと言う。
成功率0.4%以下……これはもう偶然上手くいったというレベルの数字であろう。
その後、電子工学と生物工学が相互に進歩した結果、遺伝子工学系の研究施設は小規模・高密度化の道を歩み続けた。現在では、スーパー・コンピューターによる論理シミュレーションによって、遺伝子合成失敗の可能性はある程度カットされるようになった。
コーディとナリサノフ博士が理想の青写真を描いていた時代と比べ、
……その方法は、少し……いや、かなり変わってしまったけれども……。
先進国で同時進行する少子化問題。具体的な対策案は、いずれの国も打ち出せていない。やがては、労働市場・福祉構造を直撃するのは目に見えている。
ならば……動物に高等訓練を施し、社会福祉の一部を補填できないだろうか?
後に、『プロジェクト・アルファ』と呼ばれる事となる計画が最初の産声をあげたのは、欧州某国にある大学の研究室。……今から数年前の事である。
発案者は、齢70歳を超える生物工学の権威 イワン・A・ナリサノフ。
徹夜を重ねる彼の研究室の窓には、老体に鞭打つ彼と、助手のコーディアス・バーネット(通称:コーディ)の影が毎夜映し出されていたという。
しかし……、学会で草案を発表した時、聴衆達の反応は冷ややかだった。
「ナリサノフ博士は、食肉処理工場で豚や牛を働かせる気らしい。」
遺伝子工学系にのテーマが重視されつつある時代にあって、行動学に基礎を置くナリサノフ達は黙殺された。学会員同士が意見交換する懇親会に招待されなくなり、最大の理解者であるはずの大学も研究資金のカットを言い出して来た。
猛烈な逆風が吹き荒れる中、ナリサノフとコーディは私財を投入して研究を続けた。
金や名声のためでなく、未来のためにやり通す価値があると信じていたから。
「博士と研究出来るだけで楽しかった。NATOの軍事顧問が来るまでは……。」
「コーディ……」
ルーシーは、コーディの目尻から小さな涙が一粒流れ落ちるのを見落とさなかった。
彼の素直さに触れた一瞬、背後に感じていた殺気が消えていた。
素早く振り返るが……
「ベイク!?」
見慣れたスキンヘッド男の姿は、何処にも見当たらなかった。
BEST PLACE FILE004
超軍用犬アルファ [SUPER ARMY DOG] ACT 4
1月某日 動物愛護団体アニマルズヘヴン地方都市イベント会場
……露店で買ったタコスを頬張りながら、来賓演説に注目するスキンヘッドの男。
会場警備員によって撮影されたベイク・ハーマンの横顔は無数の画素に切り刻まれ、無意味な暗号に姿を変え、通信衛星網に乗って宇宙を飛んだ。
翌日 ドイツ連邦共和国 『保養とコングレス(会議)の都』ヴィースバーデン
歴史的建築物と温泉で世界中の観光客から愛されるこの町には、対テロリズム戦用巨大コンピュータ『コミッサー』が設置されている。
このシステムには、あらゆる地域で活動するテロリスト・グループの行動情報が昼夜を問わず逐一記録され、蓄積されたデータはテロ対策活動に有効利用されている。
ベイク・ハーマンの画像データは、一度『コミッサー』のデータベースに記録され、すぐさまセント・アウグスティンのGSG-9本部に転送される。
……2日後 ドイツ連邦共和国 国境警備隊第9部隊(通称:GSG-9) 本部
ベイク・ハーマンに関する情報は欧州全土の対テロ機関の知る所となったが、同時に政治的なブレーキも掛かった。
『有力議員の支持する動物愛護団体はテロリストの温床?』
そんな見出しが、全国紙の一面を飾ってからでは遅いのだ。
そこで、ドイツの対テロ部隊GSG-9は、第4急襲部隊(特殊潜入作戦担当)所属の ルーシー・アイゼンベルグをベイクに張り付かせ、牽制する事にした。
ところが、監視対象のベイクを見失い、ここにもう一人の伏兵コーディが現れた。
ベイクを探しに行けば、コーディがナリサノフ博士に何をするか分からない。
……逆に、本来のターゲットであるベイクを野放しにする訳にもいかない。
「施設を見に行くだけって言ってたのに、……話が随分変わるのね。」
「嘘も方便と言うだろ。……理想のためのね。」
「理想ねぇ……。」
「私と博士が求めた理想が、いかに蹂躙され捻曲げられたか……見せてやろう。」
先を行くコーディに、ルーシーがついて行く。
直線の廊下をひたすら進み、階段を一段ずつ上り……。
数分後、2人は研究棟3階の隅にあるドアの前にいた。
「この手の施設には、必ず付き物の部屋だ。」
コーディがドアの取っ手に手を掛ける……と、
「鍵は……開いてるな。」
ルーシーは、ルーム・プレートの表記を一見する。
……『EXAMPLE ROOM』(標本室)
室内に一歩踏み込んで、彼女は……絶句!!
保管という名の放置状態で、研究者の記憶から忘れ去られた生物標本の数々。
脳を人工的に発達させられた反面、四肢が欠け、臓器に機能不全を抱えた動物達。
実験動物のバリエーションは多岐にわたっており、『プロジェクト・アルファ』の名の下に一部の実験チームが暴走しているのでは……とも思えた。
「90%以上の確率で失敗の可能性をコンピュータが切り捨てても、やはり遺伝子合成実験の失敗例は世の中に生まれてくる。死蔵された標本の殆どは、生を受けた直後に死亡している。標本室は……、人間の業を肩代わりさせられた赤ん坊達の墓場だ。」
正視できないルーシー。
「……死してなお、晒し者扱いの日々が続く。」
膨大な数式と、統計学、そして実験。
その結果に生み出されるのは、動物の姿をした全く新しい軍用生命体。
『プロジェクト・アルファ』が目指したのは、人類と動物達が支え合う新しい未来。
「……こんな物、同じ名を借りた偽物でしかない! 僕は、認めないっ!!」
世の指導者達が、何に付加価値を認め、莫大な予算を投資しても良いと思うのか?
先の見えない青臭い理想論に金を出す人間は、そう多くない。
「……でも、今さら計画は止められない所まで来てるようだ。」
コーディは、比較的新しいフルマリン漬けの標本カプセルを手にして呟く。ラベルに記された日付は、2ヶ月以上前。以降は、失敗作が生まれていない。
遺伝子合成の模索は、一応の解決を見たようだ。
「……この子達は、人間の業を肩代わりさせられた……そう言ったわよね?」
ルーシーが、コーディの背中に問う。
「ルーシー……。」
「博士を説得して、計画を止めさせるんでしょ? それが叶わなくても、方針を変えさせ るくらいは出来るでしょ?……」
「でも……正直、ここまでプロジェクトが進んでるとは……」
「行くの? 行かないの?……
男なら、自分の業に決着をつけなさいっ!!」
ルーシーの一喝で、コーディの瞳に光が宿る。それは、新たな決意の光。
標本室のドアを飛び出し、2人は廊下を駆ける!駆ける!駆ける!
「1階は倉庫兼フォークリフト駐機場、2階の殆どは論理シミュレーション用のスーパー コンピューターに埋め尽くされていた。ここ3階は、実験室や資料室が占めている。
……となると、主任研究員達の事務室は4階にしかない!!」
4階へ通じる階段を、2段抜かしで飛びのぼる。
先頭を行くコーディの胸はナリサノフに会えるという喜びに打ち震え、研究に邁進していた当時の記憶が脳裏に甦る。画期的なアイデアを思いついては、こうして恩師の研究室に駆け込んだものだった。
ナリサノフは高齢だが情熱的な科学者だった。弟子のコーディを厳しく叱りつけ、その倍以上もの大声で励ましてくれた。同じ苦渋と釜の飯を味わった師匠であり戦友だ。
最上階の廊下を突き進んだその先に、目指す部屋は確かにあった。
『R430:Ivan A Narisanov Office』
(430号室:イワン・A・ナリサノフ 研究室)
室内には明かりが灯っており、人の気配がする。
間違いない……。このドアの向こう側に、かつての恩師が存在するのだ。
心臓が爆発しそうな興奮を抑え……、汗を握りしめた拳でドアをノック。
「ナ、ナリサノフ博士……少し、よろしいでしょうか?」
「……入りたまえ。」
しわがれた老科学者の声に引き寄せられるように、コーディはドアを開けた。
- 作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
- TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。