べすとぷれいす | 小説 BEST PLACE | FILE004:超軍用犬アルファ

FILE004:超軍用犬アルファ
[SUPER ARMY DOG]
英国の生んだ偉大な物理学者、アイザック・ニュートン。
「自然哲学の数学的諸原理(プリンキピア)」を発表した事で知られる彼は、地面に落ちるリンゴから万有引力の着想を得、研究を重ねたと伝えられている。
彼の例を出すまでもなく、世の中には興味の対象を納得いくまで調べずにはいられない人種が大勢存在する。
科学者、修理技師、刑事、探偵、スパイ、オタク……そして意外に思うかも知れないが、殺し屋やテロリストと呼ばれる危険な連中もその中に含まれる。
世間一般の倫理観は二の次にするとして、彼らには1つの共通する特徴がある。
業界での評判が高まるほど、調査がより綿密になっていく点だ。
褐色の鉄錆、緑鮮やかな雑草、風雨で色褪せたプラスチック、行き交う配管が生み出す複雑な陰影、ひび割れが走る打ちっ放しのコンクリート。どれもこれも、人気の無くなった廃工場を構成する特有の要素だ。
得てして、こういった物件は債権者の抱える悩みの種であり、適当な処遇が決まるまで何年も放置されたりする。当然、関係者以外立ち入り禁止の看板付き。
そんな町外れの廃工場に、スキンヘッドの男がふらりと足を踏み入れた。
彼の名は、ベイク・ハーマン。
これといった主義・主張を持たず、金さえ払えば客の依頼通りにテロ活動を実行する男。厳密にテロリストというカテゴリーに分類されるかは微妙な所だが、危険な存在である事に大した違いはない。
時計の秒針が半周もしないうちに背広姿の依頼人が現れ、ベイクに1通の封筒を手渡す。
「頼まれていたブツだ。」
「写真に、見取り図、建築図面、偽造カード……。トーシロにしちゃ上出来だ。これだけ 揃えるのは、なかなか大変だったろう。」
ベイクは、封筒の中身と依頼人を交互に見比べながら、依頼人に話し掛ける。
その言葉に、感謝の気持ちが込められている感じはしない。
「あの施設で行われる研究のため、特許をフイにされた会社はウチだけじゃない。」
「それで……、政府にケンカ売ろうってか。」
ベイクの何気ない言葉を契機に、依頼人は錆びたパイプから滴る水滴に目を移し……愚痴を吐いた。
「表向きは政府機関への支援となってるが、連中のやり方は紛れもない徴発だった。あの 研究にに我が社がどれ程の費用と労力を費やしてきたか……、貴様には分かるまい。」
ベイクは依頼人の肩を叩きながら大きく頷き、大袈裟に同情してみせる。
「いや、なかなか骨があるじゃねえか。その遺伝子工学研究所とやらは、俺がこの地上か ら消滅させてやるよ。」
「しかし……、どうやって?」
「ある動物愛護団体が、その施設に目を向け始めている。今回は、それを利用する。あん ただって政府に復讐したいが、いらぬ嫌疑は掛けられたくなかろう?」
「そりゃ……、まぁ。」
「……細かい事は、こっち側の話だ。後は任せな。」
この会話を最後に、ベイクが依頼人の前に現れる事は無かった。
1週間後……、動物愛護団体アニマルズヘヴンのイベントで、ベイク・ハーマンの姿が目撃される。この事実は、すぐさまEU各国諜報機関の知る所となった。……が、あからさまな監視行為を自粛するよう通達が下された。
欧州各国の議会内に、それだけヘヴンの信奉者が大勢いたという事だ。
それから約2ヶ月間、ベイクは調査に時間を割いた。
……コーディとの接触は、なにも単なる偶然では無かったのである。
BEST PLACE FILE004
超軍用犬アルファ [SUPER ARMY DOG] ACT 3
寒気を引き連れた風が、轟々と森の針葉樹を揺らし、警備兵の欠伸から漏れる息を白く染める。緊張の中に漂う僅かな油断。……その隙を突いて、コーディ達3人は施設に潜入していた。謎の研究施設という噂とは裏腹に、内部は少し呑気な雰囲気が漂っている。
軍用ヘリの発着ポートがある一方で、私服姿の研究員と談笑する警備兵さえいた。
「なんだか、聞いてた話と随分違うわね。」
「ま、俺達にとっては、この方が……ありがたいがな。」
この手の施設には、侵入するまでが難しいだけで、一度入ってしまえば意外と楽なケースが希にある。今回は、まさにそのケース通りだった。
ぶつぶつと小声で話すルーシーとベイク。彼らを放っておいて、コーディは擦り切れた地図のコピーをクルクル回しながら眺めている。
「えーと、北はこっちだから……あれが、問題の研究棟だね。」
コーディが指さす研究棟は、全4階建ての雑居ビルといった外観。
半開きになった1階のシャッター。その奥を覗くと、中はフォークリフト駐機場と倉庫になっているようだ。
恐る恐る内部に入っていく3人。機械油や化学薬品の匂いが、辺りに漂っている。
ルーシーは、真っ先に天井や壁に視線を走らせる。警備用の監視カメラや、赤外線センサーなどは設置されていないようだ。
コーディは、上の階へ通じる出入り口を……、すぐに見つけたようだ。
ベイクは、倉庫に備蓄されている物資を調べている。鼻を鳴らしながら辺りを見回すと、倉庫の奥に押し込められるようにして、ジェリ缶が幾つも並べられている。
フタを空けて匂いを嗅ぐと、ガソリンや灯油が入っている事が分かる。何かの実験で使った余りなのだろうか。
危険物保管の知識が無いのか、単に整理が悪いだけなのか、大量の爆薬も積みっ放しにされている。軍用コンポジッション爆薬に、セムテックス、トリニトロトルエン、等々。
予算の許す限り買ったは良いが、思ったほど使わず持て余してしるのだろう。
薄く積もった埃が、それを如実に示している。
プラスチック爆薬の殆どが化学的に安定しているとはいえ、もう少し置き場所は考えるべきだろう。……何よりも増して恐ろしいのは、管理責任者の監督能力というべきか。
ビル一棟丸々破壊するほどの爆薬は、たとえベイクでも簡単に持ち運べない。
そこで、輸送ヘリを施設に激突させる方法を考えていた。
……だが、それは大きなリスクが伴う。
正直、もっと有効で簡単な方法を模索していた訳で、渡りに船とは正にこの事。
この爆薬の山に起爆装置をセットしてやりさえすれば、研究棟を吹き飛ばしても釣りが来る。……ベイクの頭の中で、配線図が即座に描かれていく。
「ベイク、何してんの? 2階に行くわよ!」
「おう、今行く。」
ルーシーの声に答え、足早に立ち去るベイク。
爆薬類を名残惜しそうに横目で見ながら……。
2階へ通じる鉄製の簡素な階段を静かに昇り……、ドアを小さく開ける。
ここからは、本格的な研究施設という事になる。おそらく外部への出入り口となるこのドアと面しているのは、警備員の詰め所か何かだろう。
コーディがドアの隙間から、歯科医師の使うデンタルミラーを差し込む。
鏡に映った直近のドアプレート。そこに書かれた文字は……。
『LOCKER ROOM ▼』 (更衣室・男性用)
3人は素早くロッカールームに忍び込むと、空いてるロッカーから白衣を調達。
即席研究員の出来上がりだ。これで、少しは動きやすくなる。荷物は必要最低限の物だけを持って、ここに捨てていく。
準備を整え、コーディを先頭にロッカールームを抜け出す。
警備員詰め所の前を軽く会釈して通り過ぎる。警備員も形式的に挨拶を返すだけ。
「ねぇ、コーディ。あなたに情報を提供した、信用出来る筋って何?」
「ああ、もう話しても問題ないだろう。」
背後から話し掛けてきたルーシーの声に、コーディは真っ直ぐ前を見たまま機械的に返事を返す。
「イワン・A・ナリサノフ博士。生物工学の世界的権威。彼の進める計画 プロジェクト・アルファを実用段階まで進めるのが、この施設のそもそもの目的だ。」
その口調は落ち着いていて、どこか懐かしい物に触れるような雰囲気を含んでいた。
彼は、なおも言葉を続ける。
「先進国で同時進行する少子化に対して、どの国も効果的な対抗策を見出せないでいる。その影響は、そう遠くないうちに官民両方の労働市場や福祉構造を直撃するだろう。そこで……足りない人間の頭数を、高等訓練した動物で穴埋めしようという訳さ。」
「随分と……、その……、詳しく知ってるのね。」
ルーシーは歩く速度を緩め……立ち止まる。 コーディとの間に空いた空間が、そのままお互いの精神的な距離とも言えた。元から、それほどの親近感があった訳ではないが、事情に詳しすぎるコーディに対し、ルーシーは疑いを含んだ眼差しを向けている。
「動物を訓練するといっても、限界はある。プロジェクト・アルファの研究チームは、もっと根本的な所から動物に手を加える方向を選んだ。……つまり、遺伝子レベルから丸ごと動物を変えるという事。」
ここまで話を聞いて、ルーシーにも大体の事情が飲み込めてきた。
アメリカ軍が計画に一枚噛んでいるのは、軍用犬や警察犬という実績が社会に十分浸透しているためだ。その辺りを新たなスタート地点にすれば、もっと大きな成果を得られる可能性がある。
「この方針に、アメリカ合衆国以下、北大西洋条約機構に属する様々な国が賛同したよ。 ……人間って、どこまで勝手なんだろうね。遺伝子組み換えトウモロコシにすら反対してる人が、まだまだ世の中に沢山いるってのに……。」
「コーディ……、あなたって一体……」
ルーシーの質問に、コーディは一拍おいて静かに答えた。
「かつて僕は、プロジェクト・アルファの研究員をしていた。もっとも……、まだ大学の研究室レベルだったけどね。……ナリサノフ博士と一緒に、アルファの図面を引いたのも僕だよ。……つまり、信用できる筋というのは、僕自身……だ。」
白壁の廊下に、コーディの声が消えていく。
彼の描いていた身近な動物との新たな共存関係という夢は、様々な社会情勢の中で捻れ、原型を止めないほど姿を変えていった。もはや、怪物と表しても良い。
真面目な性格が災いしてか、彼にはとても正視できなかったのだ。
自ら起案に参加した崇高なプロジェクトが、人類の欲望によって醜く変貌していく様を。ともすれば、兵器システムの1つに組み込まれてしまう危険性を。
「さぁ、ナリサノフ博士に会いに行こうか。」
コーディは……、研究棟の廊下を静かに進み始めた。
- 作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
- TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。