FILE004:超軍用犬アルファ
[SUPER ARMY DOG]

木々の間を擦り抜け、森の奥へと誘う獣道。闇夜の静けさを突き破り、黒いワゴン車が猛スピードで走り去る。……ヘッドライトも点けず、路傍の石ころに揺られ、時に横転しかける程の急ハンドルを切りながら。

季節は春先。
そろそろ雪解けの足音が聞こえて来ようかという……そんな頃合い。
外の空気は、……窓一面に露が付くほど冷え切っていた。
運転席に備え付けられたアナログ時計の針が指し示すのは、午前0時過ぎの文字盤。

カーオーディオから流れる空電混じりのカントリーと裏腹に、車内には一種異様な緊張感が漂う。ハンドルを握るスキンヘッドの男は、慎重かつ大胆な運転をする一方……、後部座席に座る短いブロンド髪の女へ、ルームミラー越しにチラチラと視線を送る。

ナビ席には、地図と携帯型GPS装置の表示座標を見比べる小柄な男の姿があった。

「研究所の方向は、こっちで合ってる。……このまま、進もう。」
「コーディ、……ラジオ止めてちょうだい。」
「ああ、いいよ。」

GPS装置を操作していた男……コーディは、ブロンド女の指示通りにラジオのスイッチを切ろうとコンソールパネルに手を伸ばす。

ルーシーお嬢様は、カントリーがお嫌いでございますか?」
スキンヘッドの運転手が、薄笑いを浮かべながら戯けてみせた。ルームミラーに映る彼の口元に、ブロンド女……ルーシーを見下す態度が明確に読み取れる。

「ベイク……、そういう言い方やめとけよ。」
コーディがラジオを切り、GPS装置に再び眼を移しながら……運転手のベイクをたしなめた。

「平気よ、コーディ。私、これっぽっちも気にしてないから。」
……と、言いつつ……ルーシーは、運転席の裏側を力一杯蹴り付ける!!
頑強なジャングルブーツとシートが奏でる重く籠もった和音が、一触即発の緊迫した空気に点火した。

右手でハンドルを握り……正面を見据え、肩越しに左手で拳銃を構えるベイク。
ルーシーも、ベイクの頭に自動拳銃の照準を決めている。

2人の正確無比な挙動は、コンマ数秒。無味乾燥なコッキング音が同時に2つ。両者とも狙い澄ました瞳に、躊躇や迷いと言った色は微塵も無い。
コーディは、特に気にしていない……。もう慣れっこという感じの態度だ。

「俺を撃てば、全員で地獄行きだぜ?」
「残念だけど、あんたと心中する気ないから。」
ルーシーは、スライドドアの開閉ノブに手を掛けている。

重なり合う枝の切れ目から顔を覗かせる満月。窓から忍び込んだ月明かりが、3人の胸元に一粒の輝きを残す。……アルファベットの”h”を象った銀のチェーンペンダント。
それは……、3人が共有する、唯一の接点。

ルーシーは照準を付けたまま、外の景色に一瞬目を配った。針葉樹林の密度が薄くなっている。……大規模な伐採が行われた痕跡だろうか。

「しっ!! ベイク、車を止めて。」

コーディが唇に人差し指を立て、2人の銃を収めさせる。とりあえず……静かにしろと。かすかに響いてくる風斬り音。それは徐々にボリュームを増し、ワゴン車の車体を軽く振るわせる程に。コーディがナビ席の窓を開け、空を見上げると……

っ!!!
ボーイング・バートル社製輸送ヘリコプター・チヌークが、超低空で飛び去っていく!!
「……あれは、米軍のヘリだね……」

ルーシーが、コーディとベイクに向かって話し掛ける。
「ここからは、徒歩で行くわよ。……大きな木も減って、車じゃ目立つから」

ベイクは無言のままエンジンを切る事で、彼女の指示に一応の同意を示した。

BEST PLACE FILE004
超軍用犬アルファ [SUPER ARMY DOG] ACT 1

停車したワゴン車のドアが開き、ルーシー、ベイク、コーディの3人が顔を揃える。それぞれ体躯の差はあったが、上半身のタクティカル・ベストと迷彩色のズボンは共通していた。背中に大小まちまちだが、背嚢を背負っているのも同じ。

「みんな、カメラは持ったね?」
唯一の知性派であるコーディの問い掛けに、他の2人が無言で頷く。
「今回は、あくまで研究所の内情を調べる事だ。無駄な諍いは、絶対に起こさない事。ベイク、銃は極力抜かない事。……守れるね?」
「生徒の出来が悪いと、コーディ先生も大変よねぇ。」

コーディの話にルーシーが茶々を入れると、ベイクがホルスターに手を掛ける。
言ってるそばからこれだ。……コーディは、呆れ顔で2匹の猛獣に言い聞かせる。
「これは、君達2人に対する忠告だよ。」

溜息を一つつき、コーディが話を続ける。
「研究所周辺は、おそらくフェンスで囲われているだろう。ベイクがワイヤーカッターで切断し、全員で施設に進入。進入から1時間で、車まで戻る。それから……」

「まだ、何かあるの? 早く行きましょ」
「ガキの遠足じゃ、……ねぇんだから」
「では……、時計を合わせよう。午前0時15分……セット。」

コーディが地図とGPS装置を見ながら先頭に立って歩き、その後ろにベイクが続く。
さらに2mほど後から、ルーシーが後方警戒しつつ歩いてくる。
コーディは、道々……今日ここに至るまでの経過を思い返していた。

ヨーロッパ西部を中心に、欧州全域で積極的な動物愛護運動を進める団体があった。
著名な学者らの提唱で誕生した組織は、世界的なエコロジー・ブームを味方に付け、わずか数年のうちに急成長を遂げた。現在では、EU……欧州連合に強い発言力を持つほどの存在となっている。

その名は、……『アニマルズヘヴン』(通称:ヘヴン)
政治家、とくに女性代議士の熱心な信望者が多いことも特徴の1つで、英語で楽園を意味する『heaven』の頭文字 ” h ”をシンボルマークとしている。
(hのマークは、4足歩行動物のシルエットという解釈もあるようだ。)
コーディ、ベイク、ルーシーの3人は、ある地方都市で開かれた同団体のイベントで知り合った。舞台は……メンバー達が、親交を深めるオープンカフェ。
……2週間前の事である。

「これは……、2年前に政府がまとめた会計報告書。少子化対策と、環境保護政策の予算が大幅に増額されている。 またこの年には、アメリカ政府から”研究費”と称する資金援助が成されてる。偶然にも、予算の増額分と援助費用の額は一致する。」

コーディの振るう熱弁の中身が、ベイクとルーシーには殆ど理解できない。
「つまり……その、コーディ先生? どういう事?」
ルーシーが、退屈そうに緩いカフェオレをすすりながら聞く。

「アメリカが金を出す時は、とんでもない厄介事を持ち込む時だけさ。……例えば、国内でやりにくい……そう、動物を使った実験なんかを余所の国にやらせるとかね。」

「まさか……」

コーディは、懐から折り畳んだ地図を取り出し……テーブルの上に広げる。
「1年半前……この森林地帯で政府主導の大規模伐採があった。最近では、軍のヘリコプターが頻繁にこの辺りを飛び回っているのが目撃されてる。環境保護政策予算の増額と、森林伐採……、そして軍の行動。妙だと思わないか?」

「でも……それだけで、動物実験がどうこうってのは、飛躍しすぎじゃない?」
「もちろん、それ以外にも情報はあるさ。……信用できる筋からのね。」
「ぐずぐず考えてねぇで、行って見てくりゃ済むじゃねぇか。」

……たった、半月ほど前の事なのに、ひどく昔の事のような気がする。
真夜中の森林地帯を抜けながら、3人は同じような事を考えていた。
だが、チームとしての統率に欠ける彼らに、互いの気持ちを知る術は無い。
それでも歩を止めず、進み続ける。

ここまで来たら、後戻りなんてできない。3人とも、そう感じただろう。
夜間照明に照らされ、森の中に浮かび上がる謎の施設を目の当たりにした……その時に。

TO BE CONTINUED

作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。

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