FILE003:野良猫たち
[STRAY CAT]

自転車に跨り、『小田桐動物病院』を後にする藍川。 結局、猫の命を救えず、踏み込むそのペダルが重い。ハンドル前部に取り付けられたバスケットには、猫の死体と”ちゃか郎”が乗っている。病院を出る時から続いていた沈黙を破り、藍川が問う。

「あの獣医さん、”ちゃか郎さん”の名前に反応してましたけど、知り合いって……」
ああ、昔……付き合ってた……元カノって奴だ。
”ちゃか郎”は、藍川の予想を先回りして即答。
「やっぱり……あ、すんません。立ち入った事、聞いて……」
いや、構わん。

”ちゃか郎”は、遠くを見つめながら話を続ける。
……私が刑事だった頃、インターネットで刑事の自宅が暴露され、そのうち数件が実際に襲撃された。事件現場は血の海で……、そりゃ酷くてな。
「その事件なら知ってます。ニュースで大騒ぎになってたから。」

自分が警察官というだけで、大切な人に危害が及ぶ……。その現実を目の当たりにさせられて、……びびっちまったのさ。警察の威信を賭けた捜査態勢の末、事件は沈静化したが、あの光景が脳裏から消える事は無く、……彼女とも別れる事にした。

「そうなんですか……。」
警察官である事も恐くなり、警察も辞めた。だが、それ以外の生き方を知らん。気がつけば、警察と大して変わらん仕事に逆戻り。今にして思えば、何て事は無い。臆病風に吹かれた自分を弁護するのに、彼女を守ってやれないと言い訳しただけさ。

そんな昔話をしている間に、藍川達は猫の轢き逃げ現場に戻って来ていた。
ブレーキ痕もそのままで、状況は動物病院までを往復した約1時間前と特に変わっていない。違うと言えば、一人の老女が数匹の猫達にキャットフードを与えている事くらいか。
”ちゃか郎”は、自転車のバスケットからピョンと飛び降り、餌を食べる群れに加わる。
突然、戦列に参加してきた三毛猫。老女は猫のやって来た方向へ視線を向ける。
と……その先には、申し訳無さそうにペコペコ頭を下げる若い男。そして、見覚えのある買い物自転車!!。

あら!……それ、私の自転車!! さっきから、見当たらないと思ったら……
「あ、お婆さん。誤解なんですよ。 いや……ちょっと借りただけなんで……。」

どうして神様って奴は、どうでも良い奇跡を用意してくれるんだろうか。

BEST PLACE FILE003
野良猫たち [STRAY CAT] ACT 4

事情説明に要した約10分後、轢き逃げ現場には、老女と歓談する藍川の姿があった。
「この子を看取ってくれた貴方を、自転車泥棒だなんて……、ごめんなさいね。」
「いえいえ、自転車を無断で借りたのは、事実ですから……。お婆さんは、毎日ここで猫に餌をあげてんですか?」

老女は、足下で餌をはむ猫達に視線を下ろし、答える。
「ええ、朝と夕方に。主人に先立たれてから……、ずっとね。」
「そりゃあ、餌代も大変でしょう。」
「良いのよ……私には、もうこの子達しかいないから。……でも、この路地も車が入って来るようになったから、今までみたいには行かないわねぇ。」

老女は少し寂しそうな横顔で、ポツリと呟いた。
「せめて……、この子を轢いた人を見つけ出せないかしら。」

路面に残されたブレーキ痕に、藍川が目を移す。その長さは、目測で約5m強。そこから略式計算すると、猫を轢いた車は時速30km以上出していたはず。この細い路地を走るにしては、ちょっとスピードを出し過ぎな気もする。

ドライバーは面白半分に、そんな運転をしたのか……それとも……。

藍川が考えを巡らせていると、”ちゃか郎”がズボンの裾を噛んで引っ張っていた。
”ちゃか郎”を抱き上げ、撫でる素振りをしながら、小声で話しかける。

(どうしたんすか、”ちゃか郎さん”。)
藍川……、お婆さんの依頼を受けろ。
(えっ? 依頼って……、猫の轢き逃げ犯なんか、見つかる訳ないでしょう!!)
しっ! 声が大きい!!

”ちゃか郎”は藍川の顔を見つめ、神妙な顔付きで語りかける。
なぁ……、藍川。もし、私が自動車に轢かれて死んだら……お前、どうする?

絶句……。藍川は、まさに言葉を失った。
”ちゃか郎”が誰かに殺されたら、どんな手を使ってでも、犯人を追い詰めるだろう。
たとえ……私怨と言われようとも。
”ちゃか郎”にとっては、もっと深刻な話だ。何せ、彼の姿は三毛猫。他人事などと、呑気な事を言ってる場合では無い。

見つめ合う、熱い瞳と瞳。……一人と一匹は、強く頷き合う。

藍川は老女の方に向き直り、二つ折りのIDケースを提示する。
「お婆さん。その依頼……この民間捜査員 藍川馨が、しかと承知しました!!」
「えっ……?」
「調査費用は御心配なく。轢き逃げ被害者の搬送に自転車を貸していただきましたので、今回は特別に無料で調査させていただきます。では、これにて!!」

老女が話し掛ける間もなく、藍川は”ちゃか郎”を抱えて走り出す。
……でも、どこへ?
「”ちゃか郎さん”、犯人を捜し出すって言っても……どうやって……?」
一緒に餌を食ってる猫の中に、事故を目撃した奴がいてな。いろいろ話を聞けたのさ。 ……ついて来い。こっちだ!!

腕の中から飛び出した”ちゃか郎”は、交差する路地をドンドン駆け抜けて行く!!
……その後ろを、息を切らせて追いかける藍川。
「今日は……、あちこち走り回る日だ……」
”ちゃか郎”は、行き交う野良猫や、雀やカラスといった鳥にも何か話し掛けてる様子。もちろん、その会話の中身を人間の藍川が聞き取る事は不可能だ。
まぁ、良い……。今回は、”ちゃか郎”の聞き込み能力を頼りにしよう。
藍川!! こっちだ、休んでる暇ないぞ!!
「はいはい。」

……そんなこんなで、彼らが辿り着いた先は……総合病院。
確かに、駐車場には藍川が目撃したブルーの軽自動車が止めてある。ただ、ナンバーまで見た訳ではないので、偶然同じ車種が止まっていただけという可能性もある。
藍川、ここでバトンタッチだ。
「了解です!!」

病院の受付には「事件の捜査」という事にして、軽自動車の持ち主を呼び出してもらう。程なくして現れた人物は、一人の女性。彼女の左手薬指にはめられた指輪を一瞥し、藍川は、何となく事情を察した。

「お忙しいところ、すいません。私、こういう者です。」
お馴染みのIDカードを見せ、民間捜査員である事を示す。一瞬、相手が体を強ばらせるが、藍川は柔らかい口調で話を続ける。

「奥さん……、この病院に来る途中、狭い路地で猫を轢きませんでしたか?」
「え……、それは……」
言葉に詰まる彼女へ、さらに続ける藍川。

「おそらく、お子さんの具合が悪くなるかして、車を飛ばして来た。狭い路地を通ったのは、混み合う大通りを避けるため。そこで、突然視界に入った野良猫に急ブレーキを踏んだ。しかし、止まりきれず……轢いてしまった。違いますか?」

彼女は、藍川の推理を聞いたまま……黙り込んでしまった。

藍川はポケットから手帳を取り出し、ページをめくりながらさらに話す。手帳のページには、猫に関する情報など何も書かれていない。……初歩的なハッタリだ。
「現場付近で、あなたの車を見たという証言が複数寄せられてます。……どうですか?猫を轢きましたか?

……女性は深く頷き、がっくりと跪き……猫の轢き逃げを認めた。
「ごめんなさい……。娘が……娘が急に熱を出して……、急いでたんです……」
「なるほど……正直に話してくれて、ありがとうございました。」
藍川の顔を見上げながら、女性は気の抜けた表情をしたまま。
「私……、逮捕とかされるんですか?」
「何言ってんですか? 猫を誤って轢いたからって、逮捕なんかする訳ないでしょう。」

「……とまぁ、こういう事情だったようです。どうですか。」
夕暮れの中、藍川は老女に事の顛末を報告していた。足下では、他の野良猫たちと一緒になって”ちゃか郎”が餌を食べている。今日は沢山走ったから、腹ぺこだ。

「……その、熱を出したお嬢さんは、どうなったの?」
「熱も下がって、元気になったそうです。」
「それは……良かったわねぇ。」
「いけね!……これも預かって来たんだっけ。」

藍川は、ズボンのポケットから封筒を取り出す。紙幣が数枚入ってるようだ。
「轢いてしまった猫の香典だそうです。……これは、埋葬費用として、お婆さんが受け取ってください。金額は気持ちって事で。」

老女は大事に封筒を受け取りながら、深々と藍川に頭を下げる。
「こんな年寄りの言う事に付き合ってくれて……。藍川さん、ありがとね。」
「いえいえ、これが仕事ですから。」

辺りには、あちこちの家で夕飯の準備をしている美味しそうな匂いが漂っていた。

TO BE CONTINUED

作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。

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