べすとぷれいす | 小説 BEST PLACE | FILE003:野良猫たち

FILE003:野良猫たち
[STRAY CAT]
改めて言うような事ではないが、子供の頃に受けた強烈な刺激というのは厄介なモンだ。特に、事件や事故に巻き込まれた記憶というのは、人生その物に大きな影響を及ぼす事も珍しくはない。
身近な事故と言えば、やはり交通事故が最たる物だろう。
1年間に警察に届けられる交通事故件数は、日本全国で約100万件。実際には、示談で済んでしまってる未報告件数も多い。まぁ、この倍以上はあるだろう。
1件1人以上の人間が、加害者なり被害者の立場で交通事故に関わっている訳だから、単純計算で100万人〜200万人の人間が交通事故による肉体的・精神的な影響を受けている事になる。死亡者の遺族も含めたら、とてもカウントなんかしきれない。
これが毎年繰り返されている訳で……改めて見直すと、つくづく凄い数字だ。
かくいう俺も、交通事故には、ちょっとした思い出がある。
あれは……小学4年生に進級したばかりの春の日の事だ。
何もかもが新しく感じる新学期。
インクの匂いを漂わせたままの教科書。
おろし立てのノートには、落書きどころか文字一つ書かれてはいない。
新しい教室……その窓から覗く校庭の景色。見える角度が少し変わっただけなのに。
そして……、新しい友達。
気の合う友達と帰る道すがら、工事用資材置き場として使われている空き地があった。
もちろん、立入り禁止の看板なんて、好奇心旺盛な俺達の目には映らない。
まして、土砂降りの中で震える子犬の姿なんか見つけたら……。
俺達は子犬に「ジャック」という名前を付け、空き地で飼うことにした。
「ジャック」の体には虐待された傷痕が、首輪にはリードの切れ端が付いていた。
飼い主から酷い扱いを受けた事は、想像に難くない。……「ジャック」が、俺達に心を開くまでに若干の時間と餌が必要だった。
だが……、「ジャック」と出会って1ヶ月も経たないある日。
工事資材搬出に来たトラックが、俺達の目の前で「ジャック」を轢いた。
運転手は急ブレーキを掛けたが、荷物を満載したトラックの制動範囲では到底間に合わない。「ジャック」が「ジャックだった物」に変わった瞬間の、骨が砕け、内臓が潰れる音を、今でも鮮明に憶えている。
おそらく、「ジャック」は空き地に近づく俺達の気配を感知して、飛び出して来たに違いない。今までも、空き地から道路に飛び出して来る事は何度かあったから。
……あれ以来、急ブレーキの音を聞くと、「ジャック」の姿が脳裏によぎる。
たった今「ジャック」の事を思い出したのも、近所で急ブレーキの音がしたためだ。
「藍川、何か事故かもしれん。」
「……では、ちょっと見てきますか。ま、大した事ないと思いますけど。」
BEST PLACE FILE003
野良猫たち [STRAY CAT] ACT 2
事務所を借りている雑居ビル。
その周辺は、古い造りのアパートや木造家屋が建ち並ぶ住宅街。当然というべきか、再開発の手が届きにくい事もあって、細かな路地が網の目のように繋がっている。
事故現場と思われる路地は、予想通り事務所のすぐ近くだった。幅は、自動車が両側の塀を擦らずに1台通れる程度。目測で、約2メートルあるか……といったところ。
俺と”ちゃか郎さん”が駆けつけた時、ブレーキ音の主らしき青い軽自動車の後ろ姿が、丁度遠ざかって行くところだった。テールランプの配置などから、おおよその車種は判断できたが、ナンバープレートまでは良く見えなかった。
「藍川!!」
軽自動車の方を注視していた俺に、”ちゃか郎さん”が話しかけてきた。
視線を移すと、路面に残されたブレーキ痕の先には……1匹の猫が倒れている。
運転手は路地を通行中、突然現れた猫に驚いてブレーキを踏んだ……。おそらく、そんな状況だったのだろう。
倒れている猫に触れると若干暖かく……、まだ息がある。
俺は着古したジャケット脱ぎ、猫を優しく包み込む。それから……、辺りを見回すと路肩に止めっぱなしの買い物自転車を発見。鍵を掛けてあるが、古いタイプの前輪型自転車鍵だ。
手早く解錠し、ハンドル全部に取り付けられたバスケットに瀕死の猫と、”ちゃか郎さん” を乗せ……、立ち漕ぎでペダルを力強く踏み込む!!
「藍川!! 知り合いの獣医が近くにいる。そこに行け!!」
”ちゃか郎さん”の知り合いに獣医がいたとは初耳だった……が、今はそんな事を気にしている場合じゃない。狭い通りを潜り抜け、曲がり角を右へ左へ。
「急げ藍川!! こいつ、意識が薄れかけてる!!」
「言われなくたってぇぇぇ!!!!!」
”ちゃか郎さん”の案内に従い、路地から路地を抜けた先に、小さな動物病院は確かにあった。俺は、バスケットからジャケットに包んだ猫を抱え上げ、入り口に駆け込む!!
「急患だ!! 急患!!」
受付窓口付近で怒鳴る藍川の声が、入り口ドアの外まで響いて来る。
1テンポ遅れて、”ちゃか郎”が自転車のバスケットから飛び降りる。
入り口の真横に立て掛けられた看板には、「小田桐動物病院」の文字。
……それを、懐かしそうに見つめる”ちゃか郎”。
「2度と、ここに来ることは無いと……思っていたんだが……な」
”ちゃか郎”は、目を細め……独りごちた。
- 作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
- TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。