FILE003:野良猫たち
[STRAY CAT]

1903年12月17日

アメリカ ノースカロライナ州で自転車屋を営む兄弟が、ガソリンエンジン搭載の手作り飛行機で空を飛び、人類の可能性を実証して見せた。

人は、空を自由に飛べるのだと。

ライト兄弟の伝記は、誰もが1度は手にする本の1つであろう。私も小学生の頃から、何度この本を読み返したか知れない。彼らの武勇伝からは、実に様々な事を学び取る事ができる。

挑戦する事の意味、観察と実験の重要性、人間は道具を使うことで、鳥、獣、魚、あらゆる物に近づける事……。だが、物には限度という物がある。

謎の大道芸人スーパー・ファントムを追い詰めたあの夜から……

にゃー

……私はオスの三毛猫として暮らしている。

道具を使わず猫に近づいた(というか猫になった)分、ライト兄弟を超えた存在ともいえるのだろうか。

都内某所のアパート。ここは、私が人間だった頃に寝起きしていた場所だ。
開け放たれた窓枠。その向こうにある空の彼方、豆粒ほどのジャンボ旅客機が飛行機雲を引いて飛び去っていく。猫になって2週間ほどになる訳だが、ふと、自分が深い井戸の底に取り残されたように感じる時がある。それは、全てが夢であって欲しいと思う朝であったり、はしゃぎながら帰路に就く小学生の一団とすれ違う夕日の中であったり……。

そして、文明社会と自分の間に、埋めようのない溝を実感する今のような瞬間もその1つだ。ついこの前まで、普通に生活していたこの部屋でさえも、その場所にいてもなお……遠くの存在に感じられるのだ。

……これ以上は、上手く表現する言葉が見つからない。

「あ、ちゃか郎さん。このライト兄弟の伝記本。処分するんすか?」

とにかく、人間としての生活が出来ない以上、当面の間は探偵事務所を住処にして……、アパートの方は引き払う事にした。藍川には、引っ越しの手伝いをさせている。

猫の姿をした”ちゃか郎”は、相棒の藍川を一瞥し、 小さく舌打ちした。

BEST PLACE FILE003
野良猫たち [STRAY CAT] ACT 1

大道芸人 スーパーファントム。
小津道子失踪事件の重要参考人であり、他数件の行方不明事件に関与した疑いがある男。
どんな手を使ったのかは知らないが、”ちゃか郎さん”を一匹の三毛猫に変えちまった。

あれから、2週間。調査の甲斐もなく、手掛かりらしい物は何も掴めていない。

……もしもし、東京都生活文化局、ヘヴンアーティスト事務局です。

ヘヴンアーティスト制度を管轄する役所には、いの一番に連絡してみた。相手の名前と年齢を知る事は、調査の基本。全てはここから始まる。加えて、大道芸人仲間や、大道芸用品を扱う専門店を当たっていけば、さらに奴の情報を集められるだろう。

だが、現実はそう上手くいかなかった。

個人情報保護の観点から、犯罪との明確な接点が証明されない限り、ヘヴンアーティストの個人データをお教えする事は出来ません!!

「め、明確な犯罪との接点……ですか……」
民間捜査員の方なら、意味は御理解いただけますよね?

電話の受話器に耳を押し当てながら、側で丸くなる”ちゃか郎さん”の方を横目で見る。
明確な犯罪との接点ねぇ……。それが、ホイホイ用意できれば、苦労しねぇんだよ!!
そう言いたい気持ちを、グッと飲み込み……、俺は礼を言って電話を切った。

俺達には、法律がある。……”ちゃか郎さん”からの受け売りだが、ともすれば行き過ぎとなる犯罪捜査への戒めにもなっていた。だが、今はその法律が、俺達の前に壁となって立ちはだかっている。おそらく新世紀中に、この壁を乗り越える事は不可能だろう。

奴がその向側にいるというのに。……犯罪の手掛かりが、法によって保護されるなんて。

「ファントムと犯罪の関連なんて……、説明した所で信じてもらえる訳ねぇだろ!!」
握った拳で、事務所の机を殴りつける。
何度も、何度も、何度も……
「名前どころか住所も、仮面の下の顔すらハッキリ分からない奴を、どうやって探せって言うんだよ……。」

頭を抱え……、机に突っ伏す。駄目だ……行き詰まりだ。

なぁ、藍川。……しばらくは、このままでも良いじゃないか?
ゆっくり視線を上げると、”ちゃか郎さん”が目の前にお座りしていた。

「……でも、それじゃ……”ちゃか郎さん”は、ずっと猫のままっすよ。」
そんな事よりも……、俺達の力を必要としている人が沢山いる。……そっちの方が、大事だろ? 私の方は、解決してもギャラは出ねぇんだ。長期戦で構えよう。
「……でも……」
”ちゃか郎さん”は、事務所の窓から外を見つめつつ……、俺の返事を待っている。

……わかりました!!

吹っ切れた俺の大きな返事が、事務所の中に一際響いた。

……そうさ、諦めなければ……きっと、いつかは。
ライト兄弟だって、それを信じて空を目指したはずだ。

TO BE CONTINUED

作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。

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