べすとぷれいす | 小説 BEST PLACE | FILE002:猫になった男

FILE002:猫になった男
[CHANGING CAT]
それは、ある秋の日の出来事が始まりだった……。
大道芸人達が技を披露する駅前広場で、一人の女子高生が忽然と姿を消した。警察は彼女を失踪人登録しただけで、まともな捜査をしようとしない。
その数ヶ月後、街頭で娘の情報提供を呼び掛けていた母親が病に倒れた。
愛娘・道子の捜索を俺に託して……。
……そして今、俺と”ちゃか郎さん”の早坂探偵社コンビは……
買い物客で賑わう23区郊外のショッピングセンター。
俺が駐車場に軽自動車を停めると、ナビ席の”ちゃか郎さん”が、役所でプリントアウトしてもらったメモの店舗所在地を確認する。
「次は、ここか……」
駐車場からエントランスへ向かう途中、喫煙スペースを兼ねた休憩広場がある。買い物で日頃のストレスを発散する奥様方と別れ、殿方とお子様はここで時間を潰す……というのが主な使われ方のようだ。
その片隅で、派手なフェイスペイントのピエロがカラーボールのジャグリングを披露していた。この際、メイキャップは良しとしよう。だが……若奥さま向けネグリジェのフリルを3倍増しにしたような妖精チックな衣装には……、抵抗感より嫌悪感の方を強く刺激された。
あれに話しかけなきゃならんのか……。
”ちゃか郎さん”は、『これも仕事だ。割り切れ』といった感じで俺の肩を軽く叩く。
1ステージ終わる頃合いを見計らい、拍手をしながらフリルのピエロ野郎に近づいていく。二つ折りのIDケースを提示し、民間捜査員である事を示す。
「民間捜査員の早坂です。……こっちは…」
「同じく……藍川です。」
「あなたが、ヘブン・アーティストに登録してるピエロ21さんですね。」
ニコニコと頷くピエロ。
「ある事件の事で2,3お聞きしたいんですが、お時間よろしいですか?」
ピエロは、『捜査に協力します』といった笑顔で、何度も頷く。協力的なのは良いが、こいつ見てると無性に腹が立ってくるなぁ。……奴の様子を見ながら、”ちゃか郎さん”が話を続ける。
「タキシードを着て、顔にマスクを付けている大道芸人を捜しているんですが、見かけた事はないですか? ハトや動物を使ったりするのが芸の特徴なんですけど。」
ピエロは、暫く首を傾げて考える素振りを見せ……、急に何かを思いだしたのか……手をポンと叩くジェスチャーの後に……、おもむろにカラーボールを取り出して楽しそうにお手玉(ジャグリング)をし始めた。
寒風吹きすさぶ中、一心不乱にボールを投げ続けるピエロと、それを見つめる探偵二人。あまりにもシュールすぎる風景の中で、俺達二人は呆然とするしかなかった。
”ちゃか郎さん”が、こっそり俺に耳打ちしてきた。
(……なぁ、藍川……、この展開……どう思う?)
(……どうって言われても……、今まで聞き込みした連中も相当な変人揃いだったし、もしかしたら、何か重要な手掛かりを思い出したのかもしれませんよ。)
(よし……、じゃあ奴の芸が終わるまで、待つ事にしよう。)
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……”ちゃか郎さん”、まだ待つんすか?
BEST PLACE FILE002
猫になった男 [CHANGING CAT] ACT 4
「藍川!! そっちへ行ったぞ!!」
無線機に繋がれた軽量インカムから、”ちゃか郎さん”の声が俺の耳へと響く。
人っ子一人いない夜の倉庫街。中途半端な月明かりの下、積み上げられた貨物コンテナの上を走る!走る!!走る!!!
標的は、女子高生”小津道子”失踪事件に関与した疑いのあるヘブンアーティスト。
ヘブンアーティスト制度…それは、芸術家と観客との交流の場を設け、地域文化活動の活性化を担うという目的の下に施行されている大道芸人支援プログラムである。
厳正な審査を潜り抜けた東京都公認の大道芸人に対して、公共施設(の一部)をステージとして提供するという物だ。
”小津道子”失踪事件の捜査を始めた俺達は、事件当日の駅前広場がヘブンアーティスト向けに開放されていた事を掴んでいた。 一般の通行人から目撃証言を引き出すのは、時間が経過しすぎてしまった現在、ほぼ無理であろう。
ならば、東京都生活文化局に登録されている大道芸人達から、何か情報は聞き出せないだろうか? ”小津道子”は、タキシードにマスク姿の大道芸人が演技をしている最中に、姿を消した……。
と言う事は、そのタキシード野郎が失踪する瞬間を目撃していないだろうか?
大道芸人達からの骨の折れる聞き込みの結果……、その考えは意外と的外れで無い事が分かった。
”スーパー・ファントム”と名乗る問題の大道芸人……、彼のステージと重ねて数件の失踪事件が発生していたのだ。”小津道子”のケースを含めなくても、単なる偶然で片付けるには惜しい材料だ。
……そしてついに、奴の追跡に成功した俺達は……。
俺はコンテナからコンテナへと器用に飛び移り、ファントムの逃げ道を先回りする。奴のトレードマークである銀仮面が、月明かりを受けてキラリ輝く!!
徐々に追いかける速度を速め、最高スピードに達した瞬間……、俺は滑走路であるコンテナに最後のステップを決め、宙を舞った。
スローな時間の中で、奴がゆっくり俺の方へ向き直る。
地球の重力に引かれ、助走の勢いが少しずつ失われながらも……、奴に……ファントムに致命的ダメージを与えるだけのスピードは十分にあった。俺の両足が奴の顔面にヒットすると同時に、両者相打ちという感じでその場に倒れ込んだ。
衝撃で奴の顔から銀仮面が外れ、美しい弧を描きながら宙を舞う。
俺は打ち所が悪かったのか……気を失う事こそ無かったが、体中が痛くて思うように動けない……!!
「み……民間捜査員の……藍川だ……。 貴様を連続失踪事件の重要参考人として……」それでも、俺はあくまで職務を全うしようとした。ここまで来て、奴を逃がしてなるか!
ファントムはヨロヨロと起きあがり、足下に転がった銀貨面を手に取り……被り直す。
背筋をピンと伸ばし、奴の四肢が活き活きと動き出す。まるで、力を取り戻したと言わんばかりに。
「……私をここまで追い詰めたのは、君達が初めてだ。その努力には……敬意を払おう」奴は地べたに這いつくばる俺に向かって、大袈裟な拍手をする。
「だったら……偉そうにしてないで、何か賞品でもくれよ。」
精一杯の抵抗……。
「賞品か……。良いだろう……私を追い詰めた褒美として、君達の探していた少女を返してあげよう。」
奴はパチンと指を鳴らし、月を見つめて小さく頷いた。その様子を見ながら、俺は心の中でガッツポーズを決める。奴が自分の罪を認めた瞬間だ。
「やっぱり、手前ぇの仕業だったんだな。……この変態芸人!!」
ファントムは、月明かりを背にマントをなびかせ、ポーズを決める。
「認めたから……どうだというのだ? 私が彼女を、どうやって誘拐したのか? 君には科学的に証明できるかね? 物的証拠は?……私と彼女を結び付ける物は何もない。」
「手前ぇ、それで……喧嘩売ってるつもりか?」
「私は常に……、現代科学と司法の外側にいる。誰も、私を捕まえられない。」
「なら……もちっと……、分かる言葉で説明してくれよ。」
ファントムは、俺に右手を開いて見せた。
「説明の必要は無い。すぐに、体感させてやる……私を足蹴にした報いだっ!!!」
やっぱり跳び蹴りじゃなくて、体当たりにしておくべきだったなぁ……。と、そんな悠長な事を言ってる場合じゃない。ファントムは5本の指を折りながら、何かをカウントしている。……一体、何をする気だ?
「藍川!!!!」
奴が最後の指を折り曲げる瞬間、コンテナの陰から”ちゃか郎さん”が飛び出す!
そして迎えた……カウント・ゼロ。辺りが光に包まれ……、瞼を閉じても光の波が次から次へと脳味噌に流れ込んで来る感覚。あのキザ野郎、何をしやがったんだ?
月夜の倉庫街。積み上げられたコンテナの山。俺は、アスファルトの地面に倒れていた。体のあちこちが痛いが、動けない事はない。少なくともファントムに跳び蹴りを食らわしたのは事実な訳だ。それだけでも、殊勲賞ものとしておこう。……残念ながら、逃げられちまったようだが……
「ちゃか郎さーん!! 無事なら返事してください!!」
夜の倉庫街に、俺の声だけが響く。痛む体を引きずりながら、あちこち探し回ると……。
「藍川……ここにゃー!!」
かすかに……聞き慣れた声がした。2ブロック先のコンテナ群の方からだ。 相方の無事を期待して、悲鳴を上げる体にムチ打ちながら声の方に走って行くと、そこにいたのは……、暗闇に光る2つの円らな瞳。小さな……三毛猫だった。
全身の力が抜け、へたり込む……。呆れて、声も出ない。
「いやぁ、藍川。無事で良かったにゃー。怪我は無いにゃ?」
人懐っこそうに暗闇から近寄ってきた三毛猫は、俺の名を馴れ馴れしく呼ぶ。
人間は本当に信じられない事が起きると、思考が一瞬停止するらしい。今の俺は、正にその状態だった。
「まさか……”ちゃか郎さん”?」
「どうした藍川、私の顔に何か付いて……」
”ちゃか郎さん”を名乗る三毛猫は、前足の肉球を見つめて動きが止まった。
ふぎゃーーーーーーーーーー!!
「藍川……、もしかして……猫になっちゃった……にゃ?」
「……」
相方に自分が猫になってしまった事を認めさせるのは、おそらく全人類が体験した事のない事態だと思う。なるほど……、ファントムの言ってた意味が漸く分かってきた。
現代科学と、司法の外側に奴がいるという事が。
数日後。
ある病院の一室で入院中の小津夫人の元へ、2人の面会者が訪れた。
彼女を見舞いに来たのは、夫と娘。
力強く抱きしめ合う家族の姿。母娘、感動の再会である。
小さく開けたドアの隙間から、俺は室内を覗く。さらに俺が抱えているボストンバッグの中から、こっそり”ちゃか郎さん”が覗き見ている。
「小津家に笑顔が戻ったのは良いけど……、代わりに”ちゃか郎さん”がなぁ……」
「ま、そう言うなにゃ。見てみろ、依頼人の……あの笑顔。あれが取り戻せたなら、猫になった事なんか、惜しくないにゃ。」
親子水入らずの微笑ましい光景に、飾り立てる言葉なんて何もいらない。
きっと……多分、他の動物でも同じような事が言えるんだろうな。
- 作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
- TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。