FILE002:猫になった男
[CHANGING CAT]

新しい世紀に入ってから大きく変化した物の一つに、町の景観がある。
特にその傾向が顕著なのは駅周辺だ。一昔前ならば、大きな駅の近くにあるのは……銀行、ホテル……、不動産屋辺りが相場だった物だ。列車での長旅を終えた上客が、財布の中身を補充し、ホテルで一休みという流れが誰の頭にも浮かぶはずだ。

では、忙しない新世紀人に必要なのは何か? 答えは、一服出来る休憩所。
早朝の通勤ラッシュを堪え忍び、自動改札ゲートを擦り抜けたビジネスマン達は一斉に大手コーヒーショップの駅前チェーン店舗へと足を向ける。ところが、1分1秒でも惜しい彼らの進路には、様々な障害が待ち受けている。

交差する人混み、弱者救済を呼び掛ける募金箱、パチンコ屋のティッシュ配り、政治家の街頭演説に、新興宗教の勧誘。アメリカ合衆国は人種の坩堝と表現されるが、なかなかどうして現代の日本もバリエーション豊かだ。
時代の潮流は、正に人々の欲求によって形作られていく。

町の様子を観察しながら、早坂探偵社にほど近いコーヒーショップで朝飯をゆっくり摂るのが俺の日課だ。この店のモーニングは値段の割にボリュームがあるので、開店当初から贔屓で、もう2年ほど通い詰めている。

「おやっ、藍川さん。いらっしゃい!! 今日は少し遅いね。」
「あぁ、昨日は遅くまで張り込みでね。もぉ〜眠くて、眠くて……。」
「じゃあ朝一のコーヒーは……、イタリアン・ローストが良いかな?」
「何でも良いから、一発で目が覚める奴を頼むよ。」
「うちの豆はアラビカの最高級品だからね。 寝不足には、ばっちりキクよ」
この通り、ヒゲの似合う店長とも、すっかり顔馴染みだ。
オーダーを終えた俺は、騒がしい街角でビラ配りをする年配女性に視線を向ける。彼女が駅前広場に立つようになって、既に2週間。朝早くから夕方遅くまで、通行人にA4サイズの紙切れを配り続けている。
1日に配るビラの枚数は、数百枚程度といった所だろうか。……雨の日も風の日も。

やつれた頬に、日毎増していく後れ毛が痛々しい……。

彼女の顔には面識があった。
2週間前の日曜日、この場所で忽然と姿を消した女子高生”小津道子”の母親だ。彼女が配っている紙切れは、娘に関する情報提供を呼び掛ける物だ。

俺は着古したジャケットの内ポケットから、折り目の擦り切れかけたビラを取り出して眺める。パソコンで作成された紙面には、”小津道子”の外見的特徴と、失踪当時の服装及び、通報先の電話番号と電子メール・アドレスが書き込まれている。娘を失った小津夫妻の必死さが、チラシの内容から滲み出てきていた。

だが、いつの世でも現実は、救いを求める者に厳しい。
小津夫人が配るビラの約9割は、駅前広場に設置された屑カゴに直行している。残りの1割は、個人情報を欲しがっている名簿屋や、性根の腐ったガキ共のイタズラ電話に御利用されているに違いない。

夫人の疲れ切った表情は、決して娘を失った事による物だけじゃないだろう。コーヒーショップのガラス越し、彼女の姿を眺めながら飲む深煎りのブルーマウンテン#1は、店長の宣伝以上に苦く感じられた……。

BEST PLACE FILE002
猫になった男 [CHANGING CAT] ACT 3

小津夫人が駅前に姿を見せるようになって数ヶ月……、駅前広場は、銀杏の立木がハラハラと褐色の葉を落とす……そんな季節を迎えていた。
いつものようにビラを抱え、いつにも増して精気の無い表情で彼女は広場に立つ。子を思う親の心とか、そんな生やさしい言葉で表現できる雰囲気は疾うの昔に消え失せ、残されたのは執念と厳しい現実のエキス。冬の装いへ向かう街角を吹き抜ける北風は、さしずめ玄人好みの香辛料と言ったところか。

その時、一際強い風が吹いた。

砂埃が舞い上がり、捨て看板が大きく煽られる雑踏の中で……、彼女は遂に力尽き、ゆっくりと、しかも宙を見つめたまま倒れこんだ。俺の頭の中でも、同時に何かのスイッチが入る!!
コーヒーショップの席から立ち上がりながら、ヒゲの店長に救急車の手配を指示し、店のドアを駆け抜けつつ、着古した上着の内ポケットから二つ折りのIDケースを取り出す。
異常を嗅ぎつけた野次馬達を掻き分け、俺は彼女を介抱する。
情報提供願いのビラが、次から次へと風に巻き上げられていく。……憔悴しきった小津夫人、その魂を黄泉の国へ連れて行かんばかりの勢いで。

救急車が到着し、強烈な赤い回転灯の輝きを背に受けて、救急隊員がスローモーションで駆け寄ってくる。人混みが彼らと俺達の時間的・物理的距離を、いたずらに広げていく。感極まった俺は、何かを怒鳴らずにいられなかった。

※▲◎!! Ω×っっ!!!(←自主規制)
その一方で、俺の手を握りしめる小津夫人の手から、急激に体温が失われて行く。
見物人達が騒ぎ立てる声の中、彼女は最後の力を振り絞って俺の顔を見つめた。その瞳の光は、彼女の記憶の中にある民間捜査員の顔と照合している。
周囲の時間が一瞬凍りつき、俺に体を預けている小津夫人の口が滑らかに動き出す。

「あなた……、あの時の民間捜査員の方ね」
「……良いから、何も喋るな!!」
小津夫人は、大きく溜息をつく。

「確か……藍川さん……だったかしら。あなたには、酷い事言っちゃって……本当に御免 なさいね。本当は、あなたに道子の捜索をお願いしたかったんだけど……、自分で探す って主人にも意地張っちゃったから……、今さら頼みに行けなくてね。」

彼女は視線を遠くに移す……と、そこには野次馬に行く手を阻まれる救急隊員。
「全く……、親にこんな心配かけるなんて、なんて娘かしら。……でも、今ならきちんと お願い出来るわ。娘を……道子をお願いします。」

限界まで伸びきったゴムが、一瞬で元に戻るように……俺と彼女の時間が周囲のそれと接続されていく。彼女の処置を駆け寄ってきた救急隊員に任せ……俺はアスファルトの感触を確かめながら、ゆっくりを立ち上がる。

今この瞬間ほど、野次馬という連中を憎く思った事はない。連中は騒ぐばかりで何もせず、あまつさえ消えかかろうとする夫人の命をも奪い取ろうとした。それも、己の好奇心を満足させるという理由のためだけにだ。民間捜査員という肩書きが無ければ、一人二人捕まえて叩きのめしてやりたい所だが……

俺達には……、法律がある……か。

やがて人垣はポツポツと去り始め、夫人が救急車で病院に搬送される頃になると、まるで騒ぎなど無かったような日常の一時に戻っていた。

「安心しな。……依頼は確かに承った。」 必ず娘さんを見つけてやるよ。

あんたが命懸けで配った、このビラに誓って……。

TO BE CONTINUED

作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。

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