べすとぷれいす | 小説 BEST PLACE | FILE002:猫になった男

FILE002:猫になった男
[CHANGING CAT]
親戚の叔父さんに手を引かれ、駅前広場で繰り広げられる大道芸人の妙技に拍手を送ったのは、幼稚園の頃の大切な思い出だ。
あれから月日が経ち、イリュージョンと呼ばれる大仕掛けの舞台マジックが人目を惹く様になっても、簡単な小道具で生み出される小さな奇跡の方に魅力を感じてしまう。仰々しく構えられたステージよりも『日常に織り込まれた非日常』という要素が、俺の琴線に触れるのだろう。
……接近していた台風23号の進路が逸れ、久しぶりの晴天となった首都・東京。
面倒な浮気調査を2件連続で片付けた俺は、昨日の夕方から1週間の休暇に入っていた。駅前広場のベンチに寄りかかり、大きく欠伸をする。時刻は日曜の昼少し前……、今日は観たい映画をハシゴして、帰りは行きつけのカウンタースナックで一杯ひっかける事にしよう。……それが良い。
秋晴れの心地良い日差しから……視線を広場の方に移すと、芸を披露するストリート・パフォーマー達の姿が目に入った。ベンチからゆっくり立ち上がり……、タキシード姿でジャグリングをしている大道芸人の前に進む。顔を仮面で隠したその様は、まるでオペラ座の怪人ファントムを気取っているようだ。
タキシード芸人が、ジャグリングしていたボウリングのピン5本を空高く放り投げ、観客の目が空中のピンに集中した時……、奴が指をパチン!と鳴らした。
どんなタネを使ったのかは知らないが、ボウリングのピンが一瞬で5羽のハトに姿を変わる。その鮮やかさに目を奪われていると、足下からも無数のハトが飛び立った!!
「なかなかやるなぁ……。」
満場の拍手喝采とお捻りを頂いたタキシード芸人は、深々と一礼した後、商売道具をまとめて立ち去って行った。観客達が一時の夢から解放され、散り散りになると……俺だけがその場に取り残されていた。……いや、正しくは俺と少女が一人残されていた。
……だが、彼女は頻りに周囲を見回している。……様子がおかしい。
人が大勢いたから、スリにでもあったのかもしれない。俺は二つ折りのIDケースを提示しながら、ショートカットに眼鏡がポイントの少女に近づいていった。
「失礼。民間捜査員の者ですが、何かお困りですか?」
彼女の足下には……、女性物のハンドバッグが1つ置き去りにされている。
「もしかして、君……これを探している……?」
ハンドバッグを手に取り、彼女に手渡そうとするが……大きく首を横に振って否定する。
「友達がそのバッグを残して、消えちゃったんです!!」
頭を振って周囲を見回すが、広場にいるのは休憩中の大道芸人達だけ。彼女の友達と思われるような年格好の女性は見あたらない。
都会の喧噪の中から、俺達2人だけが違う空間に放り出されたような気分だ。 まるで、さっきのジャグリングのピンよろしく。
ハンドバッグの中身を確認したが、財布も携帯電話も手を付けられた感じはない。
タキシード野郎の大道芸を観ていた数分の間に、人一人消えたというのか?
「スられたのは人間の方ってわけか……。」
BEST PLACE FILE002
猫になった男 [CHANGING CAT] ACT 2
平和な日曜の昼間に発生した失踪事件は、時を経る毎に騒ぎの規模を拡大していく。
失踪した少女の自宅に電話連絡がされ、間もなく両親が駆けつける。俺と眼鏡の少女は、駅に併設された交番で常駐の鉄道警察隊員に失踪当時の事情を説明した。広場で警官達が聞き込みを行うも、これといった手掛かりは掴めない。
結局……多くの人間の努力は、娘の安否を心配する両親の期待に応える事が出来ず、陽の光がビルの陰に掛かろうという時間になっても、ハンドバッグの持ち主は現れ無かった。科学が発達したこの時代にあって、人間一人が音もなく手品のように消え失せたのだ。
さまざまな状況から判断された結果……失踪した女子高生”小津道子”は、家出人として登録される事となった。
出口の見えない不景気が続く新世紀の日本では、年間7万人もの人間が何かの理由で姿を消している。それら全てに捜査員が配置されるのは現実的に不可能で、大半はコンピュータに家出人登録されてお終い。富士の樹海で骨になってるのでも見つかれば、まだマシな方だ。
身代金要求や脅迫というような犯罪との明確な関連性が無ければ、基本的に警察は動いてくれない。警察関係者はその旨を小津夫妻に説明するが、どこか他人事って感じだ。
悲しみに暮れる親と、警察機能の限界。
民間捜査員という仕事をしていると、こんな場面に出くわすのも珍しくない。そこに俺達の存在意義も生まれるのだが、こういう状況で自分から失踪人捜索を名乗り出て良い物なんだろうか……? それは、人の不幸を食い物にしたがってるだけじゃないのか?
……でも、警察の手の届かない部分をカバーするのも、事実な訳で……。
税金で賄われる警察と違い、民間捜査員の俺達が動けば相応の費用を請求する事になる。法律では法外な費用請求は禁止されているが、これはもう良心の問題だろう。
悲しんでいる人に手をさしのべるのに、一体どれほどの額を請求書に書き込めば良い?
しかも、納得のいく結末が必ず待っていてくれる訳でもない。むしろ最悪か、それに近いケースの方が圧倒的多い。
割り切れないと感じる俺の考えは、民間捜査員として甘いんだろうか。
日はとっぷりと暮れ、駅交番の壁や事務机が屋内照明に映えて見え始める。
時刻も遅くなったため、居合わせた関係者は解散する事になった。とはいえ、明日の朝から、行方をくらました小津道子を誰かが探す訳じゃない。
打ちひしがれた両親は、これから幾つ眠れぬ夜を過ごして行くのだろう……。
ヨロヨロと歩いていく小津夫妻の後ろ姿。目の前で困っている彼らを助けなくて、俺の中の正義に……どれほど価値がある物ものか!!
俺は夫妻を呼び止め、IDカードを提示して身分を明かした。
「私は、民間捜査員の藍川という者です。 実は、事件現場の近くに私も居合わせた物ですから……その、何と言っていいか……この度は……。」
だが、俺の言葉を聞いた小津夫人は、みるみる鬼のような表情に変わっていく。
「娘のそばに……道子のそばにいたのなら、どうして……どうしてあの子を助けてくれなかったの!! あっ……あんたが道子をさらったのね!!」
「ちょっと待った……、奥さん……苦しい……」 女性とは思えない腕力で、夫人は俺の襟首を締め上げた後、
「道子を……道子を返して……返して……誰か、私の道子を返してよ……」
声にならない声を発しながら、その場に泣き崩れてしまった。ひび割れたアスファルトにこぼれ落ちる数滴の涙。辺りに響き渡る号泣の声。警察も当てにならない時、誰かに助けて欲しい時、誰に頼んで良いのか分からない時……、俺達のような人間が助けるべきなのに……。
俺は夫人の手に名刺を握らせ、ご主人に頭を下げて立ち去る事しか出来なかった。
情けない話だが、それしか出来なかった。
……あの涙の前じゃ、どんな親切な言葉も意味を失ってしまう。まして、俺達のような人間の言葉を受け入れる余裕が、今の彼女にどれほどある事か。
- 作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
- TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。