べすとぷれいす | 小説 BEST PLACE | FILE002:猫になった男

FILE002:猫になった男
[CHANGING CAT]
「ちゃか郎さん!! そっちへ行ったぜ!!」
無線機に繋がれた軽量インカムから、藍川の声が私の耳へと響く。
人っ子一人いない夜の倉庫街。中途半端な月明かりの下、積み上げられた貨物コンテナの上を走る!走る!!走る!!!
標的は、ある女性の一生を台無しにした悪魔のような男だ。
世の中には、恋愛の形を履き違えた”ストーカー”という種類の人間がいる。!
一昔前ならいざ知らず、病んだ現代社会では立派な犯罪として認知されており、専門の規制法で裁かれる。新世紀という時代は、『便利な道具』と『面倒な犯罪』そして『もどかしい法律』をセット販売で生み落とす場合がある。!
今回の悲劇は、そのお手本のような物だ。
豊かな知性と麗しい容姿を持ち、将来の活躍を期待された一人の女子大生がいた。
しかし、彼女が周囲から託された希望に応える日は、もう永遠に訪れる事はない。警察の対応に不手際があった事を始め、次々と折り重なった数々の不幸。
それによって行き着いた結末は、彼女の貞操と生命がストーカーによって奪われるという最悪のパターン。被害者の両親が資産家だった事もあり、マスコミはこの事件に飛びつき、毎日のように新聞やニュースを賑わせた。
事件の詳細を朝刊で読んでいた正にその時、事務所の電話が鳴った……。
「もしもし、こちらは『早坂探偵社』ですが……。」
依頼人は、殺された女子大生の父親だった。ごく稀にだが、被疑者への復讐に近い依頼が舞い込むケースがある。
私はコンテナからコンテナへと器用に飛び移り、ストーカーの逃げ道を先回りする。奴の手元で、月明かりを受けた物騒な物がキラリと輝いた。
狙いを定め、コンテナの上から体当たりを喰らわせてやろうと身構える。タイミング良く飛びかかる瞬間、向かい側の貨物コンテナの隙間から藍川が被疑者に飛び掛かった!
衝撃で被疑者の手を離れた短刀は、美しい弧を描きながら宙を舞う。
バランスを崩し、貨物コンテナから転落しそうになるも……何とか踏みとどまる! 打ち合わせしていた段取りと少々違うが、相棒に文句を言ってる場合ではない。眼下では、藍川が被疑者と揉み合っている……というより、藍川のワンサイド・ゲームといった様相を呈していた。 まずい、早く止めなければ!!
「藍川、ストップ、ストーップ!!」
大声で叫びながら、コンテナの山を駆け下りる。その間にも、被疑者の顔面には藍川のハードパンチが何発も叩き込まれているのが見えた。被疑者の両腕は力無く垂れ下がり、意識不明の状態である事が離れていても確認できる。必要以上の暴行は、裁判の際に不利な証拠になってしまう。 物事には、程度って物があるのだ。
相棒の振り上げた拳を押さえつけ、背後から羽交い締めにする。藍川は興奮した面持ちで被疑者を指さし、私に訴える。
「離してくれ!! こいつが何したか、知らない訳じゃないだろっ!!」
「藍川、もうやめろ! 俺達には、法律がある!!」
被疑者から引き離された藍川は、肩で息をしながら『まだ、やり足らない』といった表情で、ヨロヨロと貨物コンテナの1つに近寄り背中を預けた。
「馬鹿野郎っ! お前、やり過ぎなんだよ。」
グロッキー状態の被疑者に向き直り、後ろ手に手錠を掛ける。被疑者の頬を軽く叩き、正気を取り戻した所で、二つ折りのIDカードケースを開いて突きつけた。
「民間捜査員の早坂だ。貴様を、殺人容疑とストーカー防止法違反で逮捕する。」
遠くからパトカーのサイレンが、聞こえて来た……。
BEST PLACE FILE002
猫になった男 [CHANGING CAT] ACT 1
翌日。
私は依頼人に調査の顛末を報告するため、霧笛の響く夜の波止場に立っていた。本来、調査報告は事務所で行うのが原則だが、稀に依頼人の希望で、屋外にセッティングされる場合もある。
特に今回はマスコミに報道されたせいもあり、依頼人は神経質になっているのだろう。
「お嬢さんを手に掛けた被疑者は我々が逮捕し、警察に引き渡しました。 近く検察によって、起訴される事になるでしょう。逮捕までの経過と、逮捕時の写真を書類に纏めておきました。調査費用の請求書と併せて、目を通してください。」
依頼人である初老の男性に書類の入った封筒を渡し、中身を確認してもらう。彼の表情は、満足と不満の間で揺れ動いてるようだ。 自慢の愛娘が、想像を絶する凶悪事件に巻き込まれて殺されたのだ。 その心中は、察して余りある。
「事件については、ニュースで聞いている。 ……御苦労だった。」
「額面通りの仕事をしたまでです。 警察もほぼ同じ情報で動いてましたから、我々が逮捕できたのは運が良かったんでしょう。」
「謙遜する商売人は、金持ちになれんぞ。」
依頼人はそんな事を言いながら、コートの内ポケットから小切手帳を取り出し、金額を書いて私に手渡す。私が受け取ろうとした瞬間、彼は小声で呟いた。
「もしヤツを殺してくれたなら、もう1桁ゼロを増やしても良かったんだがな……。」
私は、依頼人から視線を外して言い返す。
「……我々には、法律があります。」
依頼人は小切手を取り返し、私を一瞥する。
「人の作った法律も、決して万能ではない。……悪魔までは裁けまい。」
意味深な独り言の後に、ゼロを1桁書き足し……再度私に受け取らせた。
確かに、小切手には請求金額の10倍の数字が書き込まれている。
「いや、こんなに……。」
「君達には、本当に感謝してる……ありがとう。」
依頼人は小切手の額を確認する私の手を取り、固く握手を交わしてくる。それだけに収まらず、感極まったのか……肩を抱き締められた。法律という制限の中で、確かに復讐は成就したのだ。 彼の背中は、感激で打ち震えている。
娘を持つ親なら、依頼人の気持ちも推して知るべしであろう。
「君達の活躍を、楽しみにしているよ。」
依頼人は、そう言い残して夜霧の中に消えた。
書類の受け渡しが終わった頃、藍川の運転する軽自動車が俺の背後で止まっていた。私は依頼人歩き去った方に視線を向けたまま、車の助手席に体を滑り込ませる。
「……人の作った法律で、悪魔は裁けない……か。」
「ちゃか郎さん、どうかしたんすか?」
私は少し考えてから、運転席でハンドルを握る藍川に自分の考えを伝えた。
「もし我々がストーカー野郎の逮捕に失敗してたら、あの親父さん……どんな手段に訴えていただろうな。」
「さぁ……、金持ちの考える事は、理解できないんで。」
藍川の答えに、私は軽く首を縦に振る。
「確かに……な。」
「見た目は、穏和そうなんですけどね。」
我々にしてみれば、10倍の報酬を支払ってくれた上客だ。これ以上の詮索はよそう。
「さてと、金も入った事だし……晩飯でも食って帰るか。」
「中華なんてどうです? 先週オープンした、あの角の店とか。」
「よし、たまには豪勢に行ってみるか。」
藍川がチェンジレバーを操作し、アクセルを踏み込む。その横で、受け取ったばかりの小切手を取り出し眺める……と、記入されている金額は、請求書通りの数字
。自分の目を疑い、小切手の裏表を丹念に見直すが、ゼロが1つ書き足された形跡もない。
「……あの親父、小切手すり替えやがったなっ!!」
「謙遜する商売人は、金持ちになれんぞ。」
依頼人の言葉と共に、握手をして肩を抱き合った瞬間が思い起こされる。依頼人は、隙を見て小切手をすり替えたのだ!!
霧笛の響く波止場には、小雨が降り始めていた。
病んだ現代社会には、確かに様々な種類の悪魔が住み着いているようだ。
- 作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
- TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。