FILE001:火事場泥棒
[THIEF & FIRE]

人生という奴は、自分の与り知らない所で小さな奇跡を起こしてくれる時がある。

小学5年生のある夏の日、体育で使う水泳の準備を忘れた俺は、体調が悪いという事にして保健室で寝ていた。夕方のホームルームで、女子生徒の一人が金銭の紛失を申告。その日払うはずだった学習塾の月謝が、封筒ごと消えているというのだ。
教室内の空気が、一瞬でドロドロした疑心暗鬼の色に変わる。

その時、クラスの情報屋を気取る奴が、俺の名前を口にした。
体育の授業中、プールに入っていなかったのは俺だけで、それはアリバイを証明できないという事実でもあった。
教室の中で俺を弁護してくれる正義漢は現れず、面倒事の嫌いな担任教師は適当に話を纏めたがっている。間違いなく全員が、俺を窃盗犯扱いした。
その態度に耐えきれ無かった俺は、教室を飛び出していた。

俺が窃盗を働いたという話は、同級生の帰宅と共に隣近所で噂になり、俺の有罪を信じて疑わない狂信的な元友人達が、家の前で右翼の街宣車よろしく怒鳴り散らした。

次の日も、また次の日も、俺は学校に行けなかった。

だが、事件から3日目。誰かの証言で、俺の容疑は、俺の知らない所で綺麗さっぱり無かった事になっていた。担任を含め、俺を厳しく追い詰めた数人が菓子折を持って謝罪に訪れ、目の前で深々と頭を下げたのを昨日のように憶えている。

この事件は誰もが後味の悪い思いもあり、校内では禁句となった。当然、俺の無実を証明してくれた恩人に、礼を言う機会も失われた。……だが、歳を重ねる毎に強く思う。
あの小さな奇跡が無ければ、俺は違った道を進んだに違いないと。

『ポリバケツ爆弾事件』に続いて発生した『アパート火災事件』,の現場で、住人達の避難誘導及び子猫の救出に奔走した俺は、全身に軽い火傷を負った上、火災で発生した有毒化学物質を吸い込んでいたため、入院を余儀なくされていた。
おまけに、2つの事件の第一発見者であった事から、重要参考人(ほぼ被疑者扱い)にされてしまった。命を張って人命救助に当たった男の境遇としては、ちょいと酷すぎやしないか?

口をへの字に結んだ警察官が、病室の前で見張りに立つようになって2週間。
ほぼ完全に体力を取り戻していた俺にとって、取り調べに日参する刑事への応対がストレスになり始めていた。もはや、下着泥棒調査の依頼人達に対する守秘義務などと、呑気な事は言っていられない。心当たりのある事は、全て彼らに話した。でないと、俺自身が放火犯として逮捕されてしまう!!

だが……今日は、何か様子が違っていた。
病室の窓に西日が入るかどうかという時間になっても、刑事は現れなかったのだ。捜査は、どこまで進んでいるのだろうか? まさか証拠が固まり、俺に対する逮捕状でも請求されているのだろうか? 嫌な想像が、頭を駆けめぐる。

病室のドアが、ノックされた。

部屋に入ってきたのは、スーツと角刈りがお馴染みの”ちゃか郎さん”と、彼を1.5倍の大盛りにしたような強面の男だった。

「私は、蒲田警察署・刑事課の犬飼と申します。」
強面の大盛り焼きソバが自己紹介しながら、二つ折りのIDを提示。確かに、自己紹介通りの名前が書いてある。”ちゃか郎さん”に背中を押され、犬飼刑事は口を開いた。

この度は、君を連続放火事件の被疑者同然に扱い、本当に申し訳なかった!
そう言って、犬飼刑事は息を止めたまま、深々と俺に頭を下げた。突然の出来事に、俺は困惑するしかない。一体、どういう事だ?

BEST PLACE
火事場泥棒 [THIEF & FIRE] ACT 4

退院から1週間。『早坂探偵社』に復帰した俺は、相変わらず浮気調査だの、失踪人捜索といった依頼をこなし、世間の人間模様を垣間見ながら毎日を送っている。だが、俺に対する容疑は、どうやって晴れたのか? ”ちゃか郎さん”に聞いても、

「大した事じゃなかったから、気にすんな」としか、言ってくれない。

仕事の合間に見た『ポリバケツ爆弾事件』と『アパート火災事件』のファイルから、おおよそ内容は分かるのだが……やはり人の口から聞きたいと言うのが人情って物だろう。
”ちゃか郎さん”と屋台のおでん屋で一杯飲みながら、解決までの流れを教えてもらったのは、随分と日が経ってからだった……。

藍川が病院に担ぎ込まれた直後、『早坂探偵社』の事務所内には、中古の事務机に向かい思案を巡らせる角刈りの男……”ちゃか郎”こと早坂二郎の姿があった。

『アパート火災事件』の後、2回連続で火災の第一発見者となった”藍川”に、捜査の目が向けられる事は明らかだ。

警察の具体的な事情聴取が始まるのは、病院に担ぎ込まれた藍川の意識が戻ってからだろう。とにかく、被害者や野次馬、消防隊員に至るまで、あの日現場にいたはずの人間全員から、話を聞く事から調査は始まった。地取りは、捜査の基本である。

慌てずとも、不自然な事はすぐに浮かび上がる物だ。

出来損ないの相棒を助けてくれた勇敢な消防隊員に礼の一つも言いたくて、管轄の消防署を訪ねてみると……事件当夜、消火作業に従事した隊員の中に、階段付近で藍川に肩を貸したという者が存在しなかったのだ。
多くの野次馬が、その様子を目撃しているのに。 では、藍川を救った消防隊員は何者だったのか?

事件から3日後、晩飯を食うため立ち寄った中華料理屋の店内で、テレビをぼんやり眺めていると、ハイテンションの女性レポーターが新作ビデオゲームの宣伝イベントを紹介していた。
会場内では、ゲームの登場人物に扮した『コスプレイヤー』と呼ばれるファン達が楽しんでいるのが映っている。

その映像を見ながら、頭の中で何かが弾けた。

「……これだ!!」

もしかすると、事件現場に『消防隊員に扮した人間』がいたのではないか?

そこで、無線機の改造記事等で知られる、マニア向け雑誌の編集部を訪ねてみた。
公的機関職員の制服を模倣するマニアの存在と、お互いにコレクションを披露し合う交流会イベントについては知識として知っていた。
だが、イベント風景を撮影した写真を何枚か見せてもらって本当に驚いた。こういう連中は、軽犯罪法の称号詐称にならないのだろうか?
ま、確かに衣装を着ても、個人で楽しむだけなら罪に問われる訳では無いが……。

こういう現実を目の当たりにすると日本って国は、馬鹿みたいに平和だと思う。

多少の紆余曲折を経て、過去のイベント参加者リストから、熱心な消防隊員専門マニア数名が浮かび上がった。これで、被疑者候補のメンバーが揃った。
ここから先に調査を進める前に、警察と連携しておいた方が良いだろう。

消防隊員マニアに関する情報を手に、所轄の蒲田警察署へ向かう。事件解決の暁には、相棒への不当な嫌疑を謝罪して欲しい……という条件と交換に、消防隊員マニアのリストを渡す。警察には、誤認逮捕をしても頭一つ下げないような輩がゴロゴロいる。
融通の利かない警察官が多い中、事件担当の犬飼という刑事は話の分かる男だった。

警察の方は、『アパート火災事件』で最初に爆発した部屋の住人が、事件当夜は留守だった事を掴んでいた。仕事の関係で、仙台に出張していたのだ。
彼のスケジュールを知っている者……知人達への事情聴取をしてみると、消防隊員マニア・リストと重なる人物が1人だけ現れた。

相棒に濡れ衣を着せようとしてるのは、おそらく此奴だ。

家宅捜査令状を取り付け、警察と一緒に問題の消防隊員マニア宅を調べると……、出るわ出るわ。そこには言い逃れ出来ないような証拠品が、山になっていた。
消防隊員の着用する防護服を始め、ガソリンゲル・ナパーム爆弾の材料、作りかけの起爆装置等々。もうこの時点で、犯人と決めても問題ないのでは……と、誰もが感じた。

だが、被疑者の消防隊員マニア本人に事情を聞くと、事件への関与をあっさり否定。

ま、そんな悪足掻きも、科学捜査の前では長続きしない。
押収した防護服から、『火災現場で採取された物と同じ化学成分の煤』『カニクイザルの体毛』『猫の体毛』が検出されたからだ。

●『カニクイザルの体毛』は、下着泥棒猿の物と一致!
●『猫の体毛』は、年配女性の部屋から救出した子猫の物と一致!

煤と2種類の動物の体毛が、同時に防護服に付く可能性は、あの時しかない!!
相棒が下着泥棒の猿を捕まえ、猫を救出した後、消防隊員が肩を貸してくれた時!!
相棒のジャケットに、消防隊員の防火服が触れた瞬間しかありえない!!

被疑者の心の奥底にも、『人命救助の気持ち』があったのだろう。 アパートの階段付近で前後不覚になった相棒を見かねて、肩を貸してしまった。だがそれが、現場に防護服姿で居合わせた事を立証する結果となった。

……これが、決め手だった。

警察がさらなる追求をするまでもなく、被疑者は犯行を自供した。
消防隊員に憧れながら何度も採用試験に落ち続けた彼は、自作自演をしてまで自分の居場所を作ろうとしたらしい。爆破装置はインターネットや参考文献を見て製作した物で、テスト版をポリバケツに仕掛けてみたという事だった。

被疑者の手にきつく手錠が掛けられ、事件は一応の解決を見た。
これ以上は、司法機関が処分を下すであろう。

「……という訳だ。どうだ、猿と猫に救われたと分かった感想は?」
全てを話し終えた”ちゃか郎さん”は、俺の肩をトントンと叩き、大声で笑った。

「どうって言われてもなぁ……。あ、そういや……下着泥棒の猿は、どうなりました?」
「ああ、あいつな……依頼人達に報告して納得してもらったのは良いが、元の飼い主が特定出来なくてなぁ。 かと言って、うちで飼う訳にもいかんだろ。そこでだな……。」
”ちゃか郎さん”が口笛を吹くと、屋台の陰から胴輪にリードを繋がれた猿が!!

「この屋台の看板娘として、働いてもらう事になった。」
看板娘って……こいつ、メスだったのか!?……ああ、だから……!!」
猿は俺に抱きつき、着古したジャケットの匂いを恍惚とした表情で嗅ぎまくる。

時に人生は……、我々の与り知らぬ所で小さな奇跡を起こしてくれる。
この小さな奇跡が無ければ、『彼女』も全く違う道を歩んでいたに違いない。

TO BE CONTINUED

作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。

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