FILE001:火事場泥棒
[THIEF & FIRE]

日々、発生する事件は、単純な筋道で解決しない場合がある。

それを初めて実感したのは、中学2年の夏だった。俺と最も心を通わせていた親友の本家で、曾祖父が亡くなった。親類縁者によって、葬式やら諸々の法的手続きが滞り無く終わった頃、弁護士を交えて財産整理の話が始まった。

折からのお宝発掘ブームもあり、故人が生前に蒐集していた骨董品に破格の鑑定額が付けられている事が判明。本来ならば亡くなった曾祖父の目利きの良さが、再評価されるべきなのだが……、物事はそう微笑ましい理想だけで片付かない。
激しいガラクタ争奪戦の末、一族の親戚関係は未来永劫回復不可能な程に破壊され、ある日突然、親友とその家族は町から姿を消した。

そして今日に至るまで、彼らの消息を誰も熱心に探そうとはしていない。
単純な正義や道徳だけで、世の中は動いてくれない一例だろう。

「大至急、消防車を……。はい、場所は……。はい、よろしく。」
俺は119番通報を終えると、携帯電話を二つ折りに閉じ、着古したジャケットの内ポケットにねじ込んだ。つい先ほどまで下着泥棒を働いていた猿の胴輪を右手で握り、バナナの房と一緒に抱き抱える。炎の勢いは凄まじく、熱風が顔の表面を撫でるだけチリチリと痛い。

そこへタイミング良く”ちゃか郎さん”が、駆けつけて来てくれた。

「藍川! 無事か?」
「ええ、この通り。そうそう、これが例の下着好きの猿。今はバナナに夢中ですけど。」
手ぶらの”ちゃか郎さん”に、猿を抱えさせ……
「それから、これもお願いします。」
ついでに、バナナの房も持ってもらう。

「それは、良いんだが……。」
”ちゃか郎さん”は『目の前で燃えるアパート』『突然渡された猿』『バナナ』を整理するので頭が一杯。その様子を横目に、俺はジャケットの袖を肘まで捲り上げる。

「おい……、何を始める気だ?」
”ちゃか郎さん”の問いを、背中越しに聞きながらアパートを指さして答える。
「あれ見たら、放っておけないでしょ? 普通ならね。」

俺は燃え盛る炎に向かって、駆け出していた。

BEST PLACE
火事場泥棒 [THIEF & FIRE] ACT 3

「ちょいと、借りるよ。」
「おい、ちょっと……あんた!!」
目に入ったパジャマ姿の中年男性から水の入ったバケツを引ったくり、彼が止める間も無く頭から浴びる。全く……これから秋も深まろうというのに。

「サンキュー!!バケツは返すぜ。」
投げて返したバケツが受け止められるのも見ずに、俺はアパートの敷地の中へ踏み込んで行く。鉄製の階段を駆け上がり、2階のドアを片っ端から叩きながら呼び鈴を連打し、住民達に呼びかける。

起きろっ! 火事だっ!!

道路に面した一番端の部屋は最初に爆発しただけあって、さすがに手の付けようが無かった。構造の半分以上が焼け落ちており、中に人がいたなら確実に即死しているだろう。
そうこうしている間にも炎は面積を広げ、建物を全焼させる勢いだ。

2階のドアが次々と開き、中から住民が飛び出して来る。俺は道を譲り、冷静に階下へ向かうよう誘導する。住民の殆どはパニック状態で、枕だの灰皿といった手近にあったどうでも良い物を手に手に携えていた。命あっての物種とは良く言うが、第三者としてその様子を目の当たりにしていると、当事者には失礼だが少し滑稽にも感じる。

そんな状況の中、水色の寝間着を着た年配の女性が、急に立ち止まり部屋へ戻ろうとした。
どうやら、大事な物を部屋に置いてきたらしい。俺は彼女の手を掴み、引き止める。

「今戻ったら、死ぬぞ!!」
「あの子が、あの子が、まだ中にいるのよ!!!」
「子供がいるのか? 部屋は? 部屋は、どこだ? へ・や・は、ど・こ・だ?」
何度聞き返しても、女性は半狂乱で騒いだまま指を指すばかり。その方向には、開きっ放しのドアが3つも並んでおり、いずれも中から濛々と薄紫色の煙が漏れている。仮に、人がいたとして……、あの煙の中で生きてるのだろうか?

階段の欄干から身を延ばして1階の様子を伺うと、”ちゃか郎さん”が猿を抱えたまま避難誘導をしている。バナナは猿が1房全部食いきったとは思えないので、この騒ぎの中で行方不明になったようだ。……とりあえず、他の部屋の避難は全て完了しそうだ。

俺は年配の女性を階段へ押しやり、避難するように伝える。俺達の様子を見ていた”ちゃか郎さん”が彼女の手を引き、瓦解寸前のアパートから一刻も早く引き離そうとしてくれた。 これで、良い。

最初に浴びた水は周囲の熱気によって、とうの昔に乾いていた。それどころか、ジャケットの一部が火の粉で焦げ始めている。女性が指さしていた方向にある一番近い部屋に飛び込み、煙の中で叫ぶ。 壁や天井の隙間から煙が染み出し、靴を履いているとはいえ、床の温度も相当高い。……と、その時、小さな声がどこからか聞こえてきた。

みぃ〜

この声は……っ!!!
俺は、敷きっぱなしの熱い布団に足を取られつつ、玄関から外に飛び出し、隣のドアに駆け寄る! 思った通り、小さな声は、壁の向こう側……つまり隣の部屋から聞こえていた物だった。大きな深呼吸で新鮮な空気を肺一杯に詰め込み、三段跳びの要領で玄関から一気に奥の部屋に進む。と、そこには、慌てて飛び起きた痕跡の布団に並ぶようにして、金属製のケージが置かれていた。 中で、毛並みの良い縞模様の子猫が鳴いている。

「猿の次は、猫かよ……。今日は、よくまぁ……動物と縁のある日だ。」

ホッと安心した物の、手でケージを触ってみると金属製の骨組みが、ほんのり暖まっている。そうゆっくりは、していられない。両手で抱えるようにケージを持ち上げ、玄関の方へ振り向こうとした刹那!!
天井付近に溜まっていた可燃性ガスが、一瞬で炎を手引きする様子が目に入った。青みがかった火の帯が、部屋の端から端へと文字通り走り抜けていく。

不覚にも、無駄のない芸術的な動きに目を奪われてしまった!

炎はカーテンから、襖、壁紙へと瞬く間に燃え広がり、ありとあらゆる家具を舐め尽くす。
建築年数を経たアパートは、気持ちいいほど良く燃える。その様子に、ある種の快感すら感じてしまう。心臓は信じられないほどのペースで脈打ち、おそらくアドレナリンも大量に分泌されているに違いない。

ヤバい!!
渦巻く煙と炎を潜り抜け、背後からの爆風に煽られつつ……、何とか部屋を抜け出す。
……よろよろと階段に辿り着く。酸欠状態のせいか、頭が朦朧とする……。そこで防護服に身を包んだ消防隊員に肩を貸され、俺は漸く階下まで降り立つ事が出来た。

……と思った。が、……駄目だ、もう……限界だ……。
地面と夜空と人の顔が遠心分離器で粉々に砕かれ、急な停電でテレビの画面が途切れるように、俺の意識はそこで止まった。

今まで散々無茶したからな、ついに最期の時が来たか……。俺がいなくなったら、『早坂探偵社』は”ちゃか郎さん”一人になる訳か。助けてもらってばかりで、恩をちっとも返せなかったなぁ。

焼け落ちるアパートに飛び込んだ時の俺には、何の損得勘定も無かった。確かに、民間捜査員という立場上、警察当局の連中よりも点数を稼ぎたかった気持ちがゼロかといえば嘘になる。それにしたって、あんまりな結末じゃないか。
世の中という物は、どうしてこう純粋な正義という物に冷たく出来ているのだろう。明かに、美談を作りたがっているとしか思えない。そう感じる時さえある。

どこの誰が脚本を書いてるか知らないが、狙いすぎにも程があるって物だ。畜生!!

「誰が……畜生だって?」
「ぁあ、あれ?……」

ゆっくり目を開けると、”ちゃか郎さん”が立っていた。位置的に、俺はベッドに寝かされているようだ。壁や内装品、室内に漂うクレゾール特有の消毒臭から察するに病院だろうと判断できる。俺の意識回復を知り、医師を呼び行く看護師の後ろ姿も見えた。

「……あ、そうだ。猫は? ケージに入ってた……縞模様の奴」
「あの猫なら、大丈夫だ。 飼い主のオバさんが、エラく感謝してたぜ。」
「そうっすか……、そりゃあ……良かった。」
俺が上半身を起こそうとした時、医師と共に背広姿の男達が病室に雪崩れ込んできた。
事情が理解出来ない俺に、”ちゃか郎さん”が耳元で解説を付け加えた。

「お前が、どうして2件の火災現場を予め知っていたのか?……警察の皆さんは納得出来ないらしくてな。お前が意識を取り戻すまでと粘ってたんだが……すまん、藍川!!」

いつもは頼りになる先輩の”ちゃか郎さん”が、仏像でも拝むように俺の目の前で手を合わせ、申し訳無さそうに頭を下げた。なぬーっ!!!?

藍川 馨。連続放火事件の重要参考人として、話を聞かせてもらいたい。

刑事達の鋭い眼光は、『偶然、そこにいました』などという真実を、簡単に信じてくれそうに無い。この通り、世の中という物は、ホント単純に物事が進まない。

きっと俺が知らないだけで、それがこの世界の常識なのだろうなぁ。

TO BE CONTINUED

作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。

▲ページトップへ