FILE001:火事場泥棒
[THIEF & FIRE]

中学1年の時、『誰もが頭の中に、自分だけの時計を持っている。』と担任教師が言ったのを憶えている。

生意気盛りだった当時の俺は何の事か理解出来なかったが、一端の大人になった今は恩師の言葉の意味が痛いほど良く分かる。
番組改編期のテレビ特番で、あらゆる時代の曜日と日付を即答出来る万年カレンダー人間を見かける事があるだろ? 彼らは、人間の持つ優れた時間感覚を有効に発揮している一例だ。

だが、殆どの人間が『自分だけの時計』に頼るのは、取り返しのつかない選択肢を選んだ自分自身を責め呪い……過去を振り返る瞬間くらいだ。特に俺の場合は、『生命の危機』とワンセットだったりするから始末が悪い。

そんな時は、よくこんな台詞を口にしてしまう。
『なんで、んな事になっちまったんだ?』

東京都大田区JR京浜東北線沿線。
年季の入った鉄筋コンクリート肌の雑居ビルの中に、俺と”ちゃか郎さん”が2人で切り盛りする『早坂探偵社』がある。その窓からは、数分毎に通過するスカイブルーの209系電車を眺める事が出来た。電車の走行音や警笛は風景の一部であり、定刻通りに聞こえない時は、人身事故でもあったのだろうと予想できた程だ。

大方、そんな理由で静かだった秋の昼下がり。
所内で最も高価な家具の来客ソファに、3人の依頼人が座っていた。いずれも、すでに定年を迎えた年配の男性だ。こっちとしては手短に依頼内容を話して欲しいのだが、3人とも本題に入ってくれない。俺が業を煮やし始めた頃、依頼人の一人が口を開いた。

「実は、下着泥棒を捕まえていただきたいのです。」

彼と対面で座る俺と”ちゃか郎さん”は、一瞬お互いの顔を見た後、同時に聞き返す。
「下着って……、あなた方の……?」
すると、頭髪の薄い別の依頼人が慌てて否定した。
「いや私共は、近所でアパートを経営してまして。その……、夜中に洗濯物が盗難されると苦情が住人から来ましてねぇ。こういう事は、警察も当てにならないんで……。」

俺達は状況を聞き、依頼人達に大まかな調査の段取りを説明した。調査は、依頼人との信頼関係が大事だ。細かいノウハウまで公開する必要は無いが、客に納得してもらわない事には話が始まらない。

「では、よろしくお願いします。」
依頼人達は、揃って頭を下げる。
「下着泥棒は常習性の傾向がありますから、行動パターンは把握しやすいんですよ。」
俺の台詞に、”ちゃか郎さん”も大きく頷き、依頼人達と固い握手を交わす。

俺達の自信に満ちた態度を見て、今まで静かだった3人目の依頼人が、安堵の表情で言葉を漏らした。
「いやぁ、盗まれたのが男物の下着ばかりだったんで、薄気味悪くてねぇ。さすが、プロの方は違いますなぁ。」

「えぇっ!?」

張り込み中のアパートの前で分別ゴミ用のポリバケツが爆発したのは、その日の夜の事だった。

最初は、もっと簡単な依頼と思ってたのに……なんで、こんな事になっちまったんだ?

BEST PLACE
火事場泥棒 [THIEF & FIRE] ACT 2

ポリバケツ爆弾事件から一夜が明け、爆発現場は警察による捜査の管轄下にあった。
こうなると民間捜査員の俺達であっても、正統な理由無しには立ち入りが許されない。
アパートの住人でさえ、入念なボディチェックを受ける。そこへ来て、俺は第一発見者だし……、他にもいろいろ面倒な訳がある。

法律書には、警察と民間捜査員は協力関係を築くよう記されている。だが現実は、そんな建前とは程遠い。向こうにすれば、いち早く民営化した駐車違反取り締まりに加え、余計な商売敵が増えただけだ。昨夜の事情聴取で警官が表情を変えたのも、そんな理由からだ。
幸い依頼人達からは、爆発事件に関する調査の要求は来ていない。
こっちは、こっちの仕事をしよう。”ちゃか郎さん”の考えも、俺とほぼ同じだった。

「3人の依頼人が経営するアパートは各1軒ずつで、計3軒。うち、1軒は例の爆発事件で、警察の捜査対象になっている。件の下着泥棒が相当な馬鹿じゃなければ、そんな所にノコノコ出掛けて行くような真似はしないだろう。」
「俺と”ちゃか郎さん”が、それぞれ1軒ずつ分担して監視すれば良い訳ですね。」
「そういう事だ。で……藍川、お前どっちを見張る?」

張り込み2日目。俺は、監視対象のアパート付近の塀の陰に陣取っていた。夜食として買っておいた安売りのバナナが、けっこうイケる。いろいろ試したが、やっぱり夜に食うならコレに限る。

「どうだ藍川、何か動きはあったか?」
「いえ、こっちは異常なし。」
張り込み自体は重要な仕事の1つだが、さすがに変化がないと退屈にもなる。無線のインカムに向かって多少の冗談が入るのは毎度の事だ。

「男性物専門の下着泥棒とは……さすがこっちの方も新世紀って感じがするよなぁ。」
「まぁ、世の中……いろんな奴がいるからな。 同性愛者だって、少し前まではマイノリティだったんだ。そのうち下着泥棒も、こっちが主流になるかもな。」
「まさか……。」
そんな会話を交わしていると、アパート出入り口付近の街路灯に照らされ、小さな影が動いた。大きさは、人間の子供よりもずっと小さい。目を凝らして、良く見ると……。

「ちゃか郎さん……聞こえます?」
「どうした、藍川? ついに来たか?」

俺は無線で”ちゃか郎さん”と会話をしながら、目の前で起きている事実を有りのまま伝える……が、その様子が自分でも信じられない。

「猿が……、猿が雨樋からベランダを伝って……。」
「猿が、どうしたって?」
猿が2階のベランダに登って、洗濯物を物色してます!!

証拠撮影用ハンディカムのズーム・スイッチを操作し、詳しく確認する。毛むくじゃらの尻尾までバッチリ撮れている。さすが、新世紀だぜ。……いろんな意味で。

「よし、藍川……今から、俺もそっちに向かう。それまで、待機してろ。」
「いや……”ちゃか郎さん”、野郎……悠長に待ってくれそうにない。」

問題の猿は、ハンガーからお気に入りの男性用ブリーフを手に入れたらしい。しきりに匂いを嗅いだり、頭に被ったりと獲物に夢中だ。どうやら、絶妙な生乾き具合が奴さんには、堪らんと見える。でも……飽きて引き上げるのも、時間の問題だろうな。

「藍川、捕まえられそうか?」
「さぁね……、やった事ないから自信ないなぁ。やれと言われれば、やるけど。」
「よし……分かった。藍川……、やれ!!!
「了解。」

猿に注意を払いながら、塀の陰からゆっくりとアパートの方に向かって歩き出す。相手も、こちらの動きを確認したようだ。態度に、警戒の色が見える。それでも、獲物のブリーフは、死んでも離すかと言わんばかりだ。

「よしよし……良い子だ。何も、そんな、パンツに興味ないんだ……。それより、こっち来てバナナでも食わねぇか? うまいぞ。」

俺は手に持った房から手頃な一本をむしり取り……、丁寧に皮を剥いてみせる。黄色く熟した憎い奴に大層興味を持ったらしく、用心しながら雨樋を器用に滑り降りてきた。それでも、右手からはブリーフを手放そうとしない。心底、気に入ってんだな。

「ようし……、美味いぞ……食うか?」
俺は剥いたバナナを一口頬張り、猿にアピールしてみせる。奴の辛抱は、そこで限界になったらしい。目にも止まらぬスピードで俺の手からバナナを奪い取ると、一心不乱に貪り始めた。……よく見ると、リードを取り付けるための胴輪を装着している。

「お前……、飼い主に捨てられたのか?」
当たり前だが、俺の質問に猿が答えてくれる様子は無い。その場に、しゃがみ込み……俺もバナナを食い始めた。きっと、こいつにも色々とあったんだろうなぁ。
そんな感慨に耽っていたその時、俺の目の前でアパート2階の1室が火を噴いた。俺と猿は、その様子を綺麗な花火でも見るような気持ちで眺めていた……。

TO BE CONTINUED

作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。

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