べすとぷれいす | 小説 BEST PLACE | FILE001:火事場泥棒

FILE001:火事場泥棒
[THIEF & FIRE]
新しい世紀に入ってから、商売の仕方がいろいろと変わった。
携帯電話が普及したせいで電話ボックスが無くなり、それと時期を重ねるように電柱も地上から次々に姿を消していった。もちろん、全ての電柱が消えた訳ではないが、そのパーセンテージは、日々の工事で確実に増えている。電柱が消えた事を歓迎する人は、『安全性が向上した』という理由で賛同する場合が多い。
その意見は一理あるし、電柱の危険性も認める。万が一に大地震が発生した時、重さ数十キログラムもある変圧器の落下で、骨をバラバラに砕かれる心配はなくなる。
だが……、俺の意見としては、もっと電柱を立てて欲しいくらいだ。
こうも町中に何もないと、張り込みだの尾行がやりにくい。
「藍川、状況はどうだ?」
頭に引っかけた軽量インカムから、聞き慣れた男の声が聞こえて来た。
人気の無い夜の住宅街。俺は塀の陰に身を隠しつつ、通りを挟んで向かい側にある木造アパートのベランダを注視しながら、インカムの声に答えた。
「下着泥棒の気配ゼロ。今の所……」
”異常なし”という言葉を言いかけた時、目の前にあるアパートの門柱付近で、分別ゴミ用のポリバケツが大音響と共に吹き飛んだ。突然の轟音に付近の住民が目を覚まし、あちこちの住宅で部屋の明かりが次々に灯っていく。
飛び散った破片に纏わりつく炎は、周囲に延焼を広げる勢いで盛んに燃えている。
「こちら藍川、監視対象付近で火災発生!!」
俺はインカムに怒鳴りながら携帯電話を取り出し、震える指で119番通報をする。
「大至急、消防車を!! 場所は……」
その時、数秒前までポリバケツだった物が派手な火の粉を飛び散らせ、俺の目の前に落下してきた! 焼け溶ける合成樹脂が吐き出す刺激臭に涙を滲ませながら、電柱が姿を消しつつある事を素直に感謝していた。
今ので電線が切断されたら、火災現場で感電死していた所だ。
BEST PLACE FILE001
火事場泥棒 [THIEF & FIRE] ACT 1
30分後。
駆けつけた消防隊の消火活動によって、現場は鎮火していた。 今は警察の鑑識が、焼け跡の現場検証を行っている。爆発物の特定はされてないようだが、燃え方からして金属石鹸をガソリンで溶いたガソリンゲル・ナパームと俺は睨んでいる。
そして第一発見者の俺は……、警察の事情聴取を受けていた。
「まず、名前と年齢、住所と職業をお願いします」
俺は着古した安物ジャケットの内ポケットから、2つ折りのカードケースを取り出し、目の前の若い警察官に手渡した。彼は、中に納められたIDカードを物珍く見ている。
「民間捜査員の方でしたか。名前は、藍川……えーと……」
「”かおる”です。 歳と住所は、それに書いてある通りです。」
初対面の人間は、約80%の確率で俺の名前を読む事が出来ない。毎度、自己紹介の時には苦労させられる。こんなに洒落た名前をくれた両親には皮肉の一つも言ってやりたい所だが、生憎2人ともこの世から亡くなっている。
「藍川……馨さん、職業は民間捜査員……と。このアパートの前で何をしてました?」
「その質問は、ノーコメント。守秘義務に抵触するんで。」
俺の言葉に警察官の表情が曇った。……が、相手も事務的な態度で質問を続けてくる。
「事件の様子を、出来るだけ詳しく教えてください。」
俺は本業の守秘義務に抵触しない範囲で、当時の様子を身振り手振りで説明した。まぁ、第一発見者とはいえ、証言の内容は野次馬と大して変わらないが。
「他に気付いた事は……?」
「いいえ、特には……」
若い警官は”手掛かり無し”という表情を表に出したまま、メモを書き留めている。
現場は、『立ち入り禁止★KEEP OUT★警視庁』 と書かれた、黄色いフィールド・テープでグルリと囲われている。その外側には、大勢の野次馬と制止する警察官の姿が見えた。野次馬の視線の多くは、事情聴取を受けている俺に向けられている。
『第一発見者が、犯人である可能性が高い』
という文句を、テレビの刑事ドラマから刷り込まれた眼差しで。
そんな人の山を掻き分け、大柄な角刈りの男がテープを潜って俺の方に向かって歩いて来た。仕立ての良いスーツを着こなし、踏みしめる一歩一歩が自信に満ちている。スーツ姿の男は俺に向かって手を挙げ、気さくな雰囲気で話しかけてきた。
「どうした藍川、無事か?」
「あっ!ちゃか郎さん、 いやぁ、酷い目に遭いましたよ。」
俺が”ちゃか郎さん”と呼んだスーツ姿の彼は、目の前の若い警官にカードケースを開いて提示した。 警官はIDカードの内容よりも、”ちゃか郎さん” の堂々とした雰囲気に圧倒された感じである。
「……で、事情聴取は終わったのか?」
「ええ、知ってる事は全部話しちゃったんで。お巡りさん、もう帰って良いよね?」
警官は俺達の顔を見比べながら無線で2,3連絡を交すと、帰宅許可をくれた。ここまで騒ぎが大きくなると、こっちの仕事は進められそうにない。俺達は事情聴取役の警官に軽く頭を下げ、引き上げる事にした。
……新しい世紀に入ってから、商売の仕方がいろいろと変わった。
政治家先生が何の躊躇もなく国債をバンバン発行したお陰で、日本の借金が1000兆円を突破したのは何十年前だろう。あらゆる税率が高めに改訂されて行く世相の中で、出生率は大幅に低下した。 不安を抱えた時代に、子供を育てようという気持ちが薄れるのは当然だ。 何と言っても……子育てには、金がかかる。
加速する少子化と同調して、様々な教育機関が学生獲得競争を繰り広げた。同様の状況が労働市場に波及するのに時間は必要なかった。同時に、公務員……特に警察官の数が減っていた。 警察官給与の関係から、税金はこれ以上増やせない。
警察人員を増やし、かつ税収も確保するには……どうすれば良いか?
その答えは、意外と簡単な所にあった。
『民間の探偵、調査会社、警備会社に警察に準じる犯罪捜査の権限を与えれば良い。』
そんな規制緩和政策が施行され、民間捜査員という新しい言葉が生まれた。そして俺達は、飯にありつく事が出来る。ただ、急場凌ぎに生まれたこのシステムが、いつまで存続するのかも怪しい。
政治家の考える事は常に一般人の感覚とずれてるし、まして新聞で報じられる頃には、誰の手にも負えなくなっているのは良くある事だ。
- 作者:ねこ博士(アマチュア小説家猫)
- TVゲームをこよなく愛する猫。
『小説 BEST PLACE』の執筆に熱く燃えている。